土絵具が語る「大地の歴史」と「色の秘訣」

土絵具が語る「大地の歴史」と「色の秘訣」

人類が「色」を希求したとき、最も身近にあり、表現の根源となった素材が土絵具です。フランスのラスコー洞窟の壁画をはじめ、先史時代から現代に至るまで、土絵具は時を越えてあらゆる文化圏の芸術を支えてきました。

 

本記事では、色の源となる顔料としての組成から、「絵具」へと昇華させる手順とポイント、さらには素材の個性を引き出す技法についても紐解いていきます。


1. 土絵具から読み解く「色」の起源



大地の色彩は、単なる視覚的な情報にとどまりません。それは採取された場所が刻んできた、悠久の地質学的な歴史を内包しています。
本セクションでは、土絵具が持つ堅牢な特性や多彩な色調の秘密を、科学的な視座から掘り下げます。 あわせて、混同されやすい合成顔料や、水干絵具(すいひえのぐ)との違いについても解説します。




土絵具の堅牢性


自然界で長い歳月をかけて酸化・風化のプロセスを経たこの素材は、これ以上の化学変化が起きにくい極めて安定した無機顔料です。 
最大の特徴は、その圧倒的な「堅牢性」です。紫外線による褪色はもとより、湿度や温度変化に対しても高い耐性を持ちます。数万年前の洞窟壁画が今なおその色彩を留めている事実こそが、この素材の恒久的な強さを如実に物語っています。




大地の色と科学:自然が生んだ成分と特徴

 

土絵具の色調は、採掘された土壌に含まれる酸化鉄やマンガン酸化物の含有量、そしてベースとなる粘土鉱物とのバランスによって決定されます。

赤・黄・茶といった主要な色相は、いわば一般的な鉄の「錆(さび)」と同質の成分である酸化鉄です。ここにマンガン酸化物が加わると、その黒色成分によって彩度が抑制され、深みのある暗褐色や黒褐色が形成されます。 また、隠蔽力*(いんぺいりょく)も原土によって大きく異なり、不透明なものから、グレーズ(透明層)として美しい効果を発揮する透明度の高いものまで様々です。

ここでは、色相の異なる主要な土絵具として、黄土、赤土、緑土の3つを取り上げ、組成と特徴を比較します。


*隠蔽力(いんぺいりょく)…下の色をカバーする力。高いと不透明で、低いと透明度がある。



 

黄土(Yellow Ochre)

 

主成分:含水酸化鉄(針鉄鉱/ゲーサイト)・粘土 (※褐鉄鉱/リモナイトと呼ばれることもあります。)
色調:温かみのあるクリーム色から黄金色、黄褐色まで、自然な暖色系の幅を持ちます。
特性:隠蔽力は半透明から半不透明程度。着色力は中程度で、他の色と調和しやすい顔料です。


 


赤土(Red Ochre)

 

主成分:酸化鉄(赤鉄鉱/ヘマタイト)・粘土
色調:赤褐色系を基本としつつ、力強い弁柄(べんがら)のような色から、岱赭(たいしゃ)のように明るい朱色を帯びたものまであります。
特性:一般的に黄土よりも隠蔽力が高く、特にヘマタイトの純度が高いものは強い被覆力を持ちます。着色力も非常に強く、少量でも混色相手の色味に強く影響します。


 


緑土(Green Earth)

 

主成分: 古代の海洋堆積物に由来するケイ酸塩鉱物(セラドナイトやグローコナイト/海緑石など※緑泥石(クロライト)などが混入する場合もあり)
色調: 黄緑色から青磁のような海緑色、灰緑色まで多岐にわたります。「ボヘミア緑土」や「伊太利亜緑土」のように、産地によって表情が全く異なるのも魅力です。
特性: 隠蔽力・着色力ともに控えめで、透明度のある質感が特徴です。その繊細な性質から、古くから下塗りや絶妙なニュアンスや階調の変化を付ける際に重宝されてきました。




 

 

2. 合成顔料・水干絵具との構造的な比較


土絵具の特性をより深く理解するために、成り立ちが異なる「合成顔料」と、形状と製法が共通する「水干絵具」との違いを整理します。


 

 

合成顔料との比較:発色と雑味の魅力

 

18世紀以降に発展した合成顔料は、化学的に製造・制御されています。不純物が極めて少なく、高彩度な発色と、強い着色力が最大の特長です。

 

対して、天然の土絵具も精製はされていますが、地層由来の鉱物や微量の不純物を含んでいます。科学的には「雑味」とも言えるこの不純物こそが、合成顔料では再現しがたい深みや、天然素材特有の落ち着いたニュアンスを画面にもたらします。

 

鮮烈なアクセントが必要な箇所には合成顔料を、画面に奥行きや自然な揺らぎを与えたい箇所には土絵具を選ぶなど、それぞれの表現の意図に合わせて使い分けてください。


 


「水干」製法から生まれた二つの異なる顔料


「水干」とは本来、水で精製し板状に干し上げる「製法(プロセス)」を指します。一般に流通する「水干絵具」と「土絵具」は同様の工程を辿りますが、その色の構造とには決定的な違いがあります。

製品化の段階である程度は砕かれていますが、硬い板状の破片(フレーク)や、大小様々な粉末が混在しています。


水干絵具

胡粉などの体質顔料を核(ベース)とし、そこに顔料や染料を練り合わせて着色したものです。そのため、非常に鮮やかな色からダークトーンまで、自在に安定した色を作り出せるのが特徴です。


 

土絵具

土そのものを粉砕・精製したものであり、着色は一切行われていません。素材そのものの色で満たされている、アースカラー本来の美しさがここにあります。





 

 

3. 展色剤で変わる土絵具の表情


絵具は、色の素となる「顔料」と、糊(バインダー)の役割を果たす「展色剤(メディウム)」を練り合わせて作られます。
顔料の粉末は、水で溶かしただけでは紙やキャンバスなどの基底材に定着しません。適切な展色剤とよく練り合わせることで、顔料の粒子一つひとつをコーティング(被膜化)することで、初めて「固着力」が生まれます。この工程を経て、美しい色と、描画に適した質感を持つ「絵具」として機能します。


 

 

絵画技法と展色剤の選び方

 

顔料は組み合わせる展色剤(メディウム)によって、色合いや質感、絵具の性質が変わります。


主な絵画技法(絵具)

展色剤

油彩画(油絵具)

乾性油(オイル画溶液)

アクリル画(アクリル絵具)

アクリルエマルション

伝統的な日本画・テンペラ画など

水彩画(水彩絵具)

アラビアゴム(ガムアラビック)


 

絵具と展色剤の関係については、こちらで詳しく解説しています。

 






展色剤が引き出すアースカラーの表情


今回はモロッコ代赭を「オイルメディウム」「アクリルエマルション」「膠」で塗り比べました。
それぞれの特性を知り、ご自身の表現に合わせてお選びください。

こちらの記事では、水彩絵具で「伊太利亜弁柄」「モロッコ黄土」「ボヘミア緑土」を塗り比べています。あわせてご参照ください。 





 

乾性油/オイルカラーメディウム

 

塗り方(上から):厚塗り/標準的な塗り/薄塗り

【使用画材】
土絵具:モロッコ岱赭
展色剤:オイルカラーメディウム
基底材:天竺木綿(下地:キャンバス用コーティング剤)


 

油彩画の展色剤には乾性油が用いられますが、今回はサフラワーオイルに植物由来のステアリン酸が添加された「オイルカラーメディウム」を使用しました。 透明度の高いサフラワーオイルが、代赭本来の美しい赤色と、油絵具特有の深みのある艶を引き出します。
また、適度な可塑性があるので、盛り上げ技法など多彩なマチエール表現も可能です。
※油絵具を使用する際は、基底材の下地処理がおすすめです。


 

アクリルエマルション

 

塗り方(上から):厚塗り/標準的な塗り


【使用画材】
土絵具:モロッコ岱赭
展色剤:アクリルエマルション
基底材:竹和紙 水彩画用
 

 

乾燥すると耐水性の塗膜となるアクリルエマルションは固着力が強く、水性でありながら幅広い基底材に使用でき、粒子の粗い顔料もしっかりと定着させます。 アクリル樹脂が顔料粒子を包み込むようにコーティングするため、乾燥後も深みのある「濡れ色」に仕上がります。 瑞々しい色艶と速乾性を生かし、滲みやグラデーションから厚塗りまで、表情豊かな絵肌を作れます。


 

膠(にかわ)

 

塗り方・技法(上から):標準的な塗り/たらし込み/にじみ・ぼかし
【使用画材】
土絵具:モロッコ岱赭
展色剤:牛膠溶液 直火濃縮20%
基底材: 竹和紙(水彩画用)

膠は、乾燥過程で水分が蒸発して成分が収縮する性質を持ちます。そのため、画面上で乾燥すると顔料粒子が表面に露出し、土絵具本来のマットで素朴なマチエール(質感)が際立ちます。 ほかの展色剤のように塗膜で覆われないため、土絵具本来の色彩がそのまま美しく発色する点も、膠ならではの魅力です。


 描画用の膠(固形・顆粒)  鹿膠 和膠 太鼓革(牛)由来 和膠 牛由来 透膠 魚由来



 



4. 絵具をつくる



顔料を細かくする:空摺り(からずり)


水干製法で作られた土絵具は、大きな粒子や硬い塊のままでは展色剤と均一に混ざらず、ザラつきや色ムラ、定着不良の原因となります。
顔料は展色剤を加えた後では粒子が固まって粉砕しにくくなるため、事前に「空摺り」をして細かく細粒化しておく必要があります。あらかじめ粒子を細かくしておくことで、練り合わせ作業の効率が向上します。

特に硬い顔料や同じ色を大量に扱う場合は、乳鉢の使用をお勧めします。



乳鉢が無い場合の代用方法

 

少量の使用や同時に複数色を作成する際は、A4サイズ以上の少し厚手の紙と円柱形の棒で代用可能です。紙を半分に折り、間に顔料を挟んで紙の上から太めの棒(麺棒やスリコギなど)を転がすようにすり潰します。



 

展色剤に応じた絵具の作り方


どの作り方においても、丹念に練るほど艶が増し、滑らかな質感と鮮やかな発色が引き出されます。

使用する展色剤の種類によって、作り方や配合のポイントは異なります。絵具づくりの詳細や道具については、以下の記事で詳しく解説していますので、ご参照ください。




 

顔料と展色剤の配合比率

最適な比率は、顔料の種類(比重や吸油量)によって異なりますが、以下の数値を目安として参考にしてください。

 

[水彩絵具・アクリル絵具]顔料 1:展色剤 1
[油絵具]顔料 1:展色剤 0.5
[膠]顔料 1:展色剤 0.7〜1

 



マーラー(練り棒)と大理石板を使う方法

顔料の粒子をすり潰しながら展色剤となじませるため、油絵具や粒子の粗い土絵具など、入念な練り合わせを必要とする絵具づくりに最適です。道具の使用後は早めに洗ってください。

 

作成可能な絵具:水彩絵具・アクリル絵具・油絵具

※アクリル絵具はいちど皮膜化して固まると水では溶けなくなるため、絵具を作る際も乾燥させないように気をつけてください。

 

詳細はこちらをご覧ください。

 PIGMENT ARTICLES 絵具の作り方 [水彩絵具] [油絵具]

 

 

パレットとペインティングナイフで作る方法 

あらかじめ空摺りして細かくした顔料であれば、ペーパーパレットとペインティングナイフで調合することもできます。ペーパーパレットは白地で色が見やすく、調色にも向いています(※顔料の種類や一度に作る量によっては適さない場合があります)。
少量を作る場合や、初めて絵具作りをされる方にも、最も実践しやすい方法です。

 

作成可能な絵具:粒子の細かい顔料でつくる水彩絵具・アクリル絵具・油絵具など

 


 

 

 

膠を使い指で練る方法

トキ皿などに顔料を入れ、膠を加えて指の腹で丁寧に練り合わせる伝統的な技法です。

 

作成可能な絵具:伝統的な日本画技法用の絵具

 

 

【関連記事・動画】

 PIGMENT ARTICLES 絵具の作り方[岩絵具]

 

 

 

 

 

 

PIGMENT TOKYOで出会う 世界の土絵具

 

PIGMENT TOKYOには、およそ10ヶ国にわたる約50色の土絵具コレクションがあります。
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白石 奈都子

編集・執筆者

白石 奈都子

多摩美術大学 染織デザイン専攻卒業。オリジナルの和紙、書を主体とした制作に携わり、アーティストとして活動中。

好きなマチエール:紙 躍動感のある木の繊維

多摩美術大学 染織デザイン専攻卒業。オリジナルの和紙、書を主体とした制作に携わり、アーティストとして活動中。

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