画材店であるPIGMENT TOKYOでは絵具として完成したものから、その素材である顔料まで幅広く販売しています。お好みの顔料とメディウムを混ぜることで、ご自身で絵具を作ることができます。
しかしながら、顔料やメディウムにはそれぞれ特性の違いがあり、すべて同じ方法で絵具を作れるわけではありません。絵具の種類に性質の差異があるように、混色に適した顔料やすりつぶしが必要なものなど、色材によりベストな製作方法も異なります。
今回は、絵具各種の基本的な作り方をご紹介いたします。
—絵具の種類とメディウム
絵具は、着色する色材「顔料」と糊剤の「メディウム」を混ぜて作られています。
顔料は、水で溶かしただけでは紙や画布などの基底材に定着しません。バインダーとなるメディウムとよく練り合わすことで、顔料の粒子とメディウムが分散し、粒子がコーティングされることで固着力が備わり、絵具として使えるようになります。
いずれのメディウムにおいても、良い絵具をつくるために共通するポイントは、よく練ることです。練るほどに、艶のある、滑らかで、鮮やかな絵具になります。
◾️水彩絵具
メディウム:アラビアゴム
アラビアゴムとは、アカシア属植物の樹皮から採取した、水溶性が高い天然樹脂です。
水彩絵具は乾燥した後も水溶性を保持する性質があり、固化した後も水分を帯びるとまた絵具として使えます。
その特性がゆえに、基底材、描画表現にもよりますが先に塗った絵具が流れ出て画面で混色されてしまうこともあるので、重ね塗りには留意が必要です。
◾️アクリル絵具
メディウム:アクリルエマルション
乾燥すると皮膜化し、耐水性が備わります。乾きが速く、筆やペインティングナイフなどによる重ね塗りやマチエールを施すことも容易です。また、木材やガラス材など幅広い基底材に固着しやすく、汎用性の高い絵具です。その反面、いちど皮膜化して固まると水では溶けなくなるため、絵具を作る際も乾燥させないように気をつけましょう。 また、顔料によっては分散剤のご使用をおすすめいたします。
粘度を強めたい場合はアクリル増粘剤による調整や、ジェルメディウムを添加して表現方法にバリエーションをつけることもできます。
◾️岩絵具
メディウム:膠
日本の伝統的な絵画などに使用されている絵具です。
動物のコラーゲンを煮詰めて精製した膠は、水との親和性がよく、温度により変化する性質があります。低温だと固体、温度が上がるとゲル化、液体と変容し、可逆性があるので、その状態を行き来することができます。
そのため、寒暖差と湿度変化のある日本では、掛軸での保管、裏打ちをする場合には最適な素材と言えるでしょう。
膠・添加剤
◾️油絵具
メディウム:乾性油(ポピーオイル、リンシードオイル、サフラワーオイル、ウォールナットオイルなど)
油には固まる乾性油と固まらない不乾性油があり、油絵具には植物性の「乾性油」を使います。乾性油だけが生じる、空気中の酸素と油が結びつく「酸化重合反応」により、油絵具はゆっくり時間をかけて固まります。また、ペンティングナイフや筆の盛り上げの痕跡がそのまま残る可塑性も、油絵具の大きな特徴のひとつです。水彩絵具は水分が蒸発し乾燥しますが、油絵具は蒸発する要素がなく体積はそのままで固化する性質によります。
描画に使われる際は、絵具を薄める揮発性溶き油などの溶剤と、固着や乾燥を促す助剤などを併用しても良いでしょう。
乾性油やオイルメディウムも様々な種類があり、特性も異なります。こちらの記事も併せてご参照ください。
<参照記事>
乾性油を使い分ける
応用的なオイルメディウムの使い方
続いて、基本的な絵具の作り方と道具についてご説明いたします。
— 絵具づくりの道具
◾板とマーラー(練り棒)
古くから使われている方法で、力を加えて練りやすく、多量に作る際に最も有効な道具です。特に油絵具や、水干顔料などのようにり潰し作業が伴う絵具を作る場合には、こちらの道具をご用意ください。
【絵具の種類】
水彩絵具、アクリル絵具、油絵具
【画材・道具】
大理石は低温度を保ちやすい性質があり、絵具づくりに向いている素材です。平滑で丈夫な板であれば他の石板や少し厚手のガラス板などでも構いませんが、金属板は削れた金属粉が混入し絵具を変色させる可能性があるため避けた方が良いでしょう。
主にガラスや石、陶磁器製があり、顔料をすり潰しながら練ることができます。すり潰し作業が伴う顔料を頻繁に行う方や多量の絵具を作る場合は、ほど良い重量感と作業性に優れて練りやすい、大きめのサイズをお選びください。代替品として、底面が平滑なガラス製や陶磁器のコップでも活用できます。
油絵具:
金属製、プラスチック製のどちらでもお使いいただけますが、着色力の強いピグメントや油絵具に使う時は、耐久性が高く汚れを落としやすい金属製のほうがメンテナンスしやすいでしょう。
水彩絵具/アクリル絵具(水系絵具):
ステンレスまたはプラスチック以外(鉄、鋼など)の素材は、すぐに拭き取らないと錆びやすい傾向があります。ご使用の際は材質をご確認ください。
◾ペーパーパレットとペインティングナイフで作る方法
粒子の細かい顔料であれば、ペーパーパレットとペインティングナイフを使用して作ることもできます。
ただし、絵具や顔料の種類、製作量によってはあまり適しません。ペーパーパレットは一枚すつ剥がして使え、白地で色が見えやすく、調色にも向いています。
【適応する絵具の種類】
粒子の細かい顔料でつくる水彩絵具、アクリル絵具、油絵具など
— 絵具のつくり方
大理石板とマーラーを使った水彩絵具と油絵具、絵皿で練る岩絵具の作り方をご紹介いたします。
◾水彩絵具
【使用画材・道具】
顔料:ナカガワ胡粉 水干顔料 牡丹/黄、松田油絵具 チタニウムホワイト
その他:蜂蜜、水(霧吹き)道具:大理石板、マーラー(練り棒)
① 板を湿らせる
水彩絵具は板が乾燥していると練りにくいので、水分を与えます。板から20〜30cmほど離したところから霧吹きで噴霧すると、適度な水分が行き渡ります。
② 顔料を板に置く
顔料を板の中央に置いてください。薬匙などのスプーンで、散らばらない様に置きましょう。
③ メディウムを入れる
メディウム(アラビアゴム)を入れます。
顔料とメディウムは同量(1:1)が目安です。後から追加もできるので、おおよその量で構いません。
・絵画制作用にしっかりと作りたい方
⑤の段階(マーラーで練る前)までに、混色する顔料と、必要量のアラビアゴムを入れておくことをおすすめいたします。メディウムの混入割合の管理がしやすくなります。
・初心者/調色に慣れていない方
混色する際も最初から何色も入れるのではなく、ベースの単色からスタートして、練った絵具に混色をすると調色がしやすく、練りムラを防ぎます。混色後の作業は、⑥〜⑦を繰り返します。
④ 蜂蜜を入れる
蜂蜜を少量入れます。
市販の絵具は、グリセリンが入っていることが多いのですが、古典的な手法では蜂蜜を入れています。今回はそれに倣い蜂蜜で作ってみましょう。
顔料とアラビアゴムだけでも水彩絵具は作れますが、蜂蜜を入れると艶と柔らかさを与えられます。顔料の総量が薬匙で山盛り5〜6杯程度であれば、2〜3滴で十分です。入れすぎると、粘つきのある乾きにくい絵具になりますのでお気をつけください。
⑤ ペインティングナイフで混ぜる
ペインティングナイフで混ぜます。顔料全体にメディウムが浸透し濡れ色になるように混ぜてください。
⑥ マーラーで練る
マーラーで8の字を描きながら練ります。最初は小さく描き、徐々に大きく描きながら練るとより満遍なく練れます。
⑦ ペインティングナイフで中央に集めて練る
絵具が広がったらペインティングナイフで中央にまとめ、さらに練ります。
水干顔料のようにフレーク状のものや硬い顔料は、まだ粒子の凝集した塊りが残っていることがあります。マーラーの裏に付いた顔料の粒や絵具もしっかり取ることで、練り残しがなくなります。
⑥〜⑦を繰り返しながら、顔料の塊りを無くし、滑らかになるまで練りましょう。粉っぽい、艶がない、固く練りにくい(マーラーが動かない)ような場合は、都度水分やメディウムを足してください。
水彩絵具は、蜂蜜くらいのとろみのある固さがベストです。
⑧できあがり
良く練ったらできあがりです。
できあがった絵具は、プラスチックケースやガラス瓶など使い方に合わせたケースに入れて保存してください。
◾油絵具
【使用画材】
顔料:ナカガワ胡粉 水干顔料 牡丹/黄、マツダ油絵具 チタニウムホワイト
① 顔料を板に置く
顔料を板の中央に置いてください。
こちらは、あらかじめ少し空ずりした水干顔料を使用しました。
② メディウムを入れる
メディウムを入れます。
顔料とメディウムの比率は、およそ1:0.5です。顔料により給油量が異なるため、目安としてお考えください。給油量がわかっていれば、その程度の量を入れます。
粉っぽい、艶がない、練りにくい時はメディウムが足りない可能性があります。粉末状の顔料であれば、上の画像のように中央に窪みをつくりメディウムを入れると、オイルが広がらず注入量がわかりやすくなります。
油絵具は、マーラーで練りはじめてから顔料とメディウムを追加するのは、あまりお勧めしません。あとから練りを固くすることが難しいため、最初は固めにペーストすることがポイントです。その後、状態や好みに応じてメディウムを足してください。
今回使用したメディウムは、紅花の種子から絞ったサフラワーオイルに、ヤシの木から抽出したステアリン酸を調合したオイルカラーメディウムです。ステアリン酸が添加されることで絵具の分離を防ぎコシが生まれ、入門アイテムとしても扱いやすいバインダーです。
<参照記事>
③ ペインティングナイフで混ぜる
ペインティングナイフで混ぜます。濡れ色と乾いた色の違いがよくわかります。
顔料全体にメディウムが馴染むまで混ぜてください。
混色される際は、この段階までにすべての顔料と必要量のメディウムを入れ、ペインティングナイフで混ぜてください。
④ マーラーで練る
マーラーで8の字を描きながら練ります。
小さな8の字から徐々に大きく描きながら練ると、よりムラなく練れます。
⑤ ペインティングナイフで中央に集めて練る
絵具が広がったらペインティングナイフで中央にまとめ、さらにマーラーで練ります。
上の画像は、まだ練りが足りない状態の油絵具です。見た目にもザラっとした質感が感じられます。
④〜⑤を繰り返し行うことで、段々と色艶が良くなってきます。
また、同じ顔料を使用していても、水彩絵具と油絵具では色艶の違いが、この段階でもわかります。
⑥ できあがり
よく練ったら、できあがりです。
艶と滑らかさが増し、鮮やかな絵具になりました。
ペインティングナイフで集めただけですが、立体的に盛り上げても形状が崩れず、油絵具特有の可塑性があることがわかります。
短期保存であれば、ラップフィルムで包む方法が手軽です。金属製のチューブと異なり酸素を完全に遮断することはできないため、早めにご使用ください。
◾岩絵具
【画材・道具】
・顔料水干絵具や土絵具のようなフレーク状の顔料は、空ずりして細かくしたものをご用意ください。
同じ色を大量に作る場合は乳鉢があると便利です。少量や同時に複数色を作成する時、乳鉢が無い方は、A4サイズ以上の少し厚手の紙(広告などのフライヤーでも可)と円柱形の棒で代用できます。
<空ずり(乳鉢以外の方法)>
A4以上のサイズの紙を半分に折り、その中に顔料を入れます。紙の上から棒を手で転がして、すり潰します。麺棒やスリコギのような、少し太い棒があると、作業し易くなります。
・膠
固形の膠はあらかじめ溶解し、適濃度の溶液をご用意ください。
なお、膠は種類やロットにより物性値が異なります。顔料の番手や種類、基底材、描画表現、制作環境等で濃度も変わりますので状況やお好みに応じ、ご調整ください。
トキ皿のように縁がゆるやかな曲線になっているとこぼれにくく、練り易い形状の絵皿をご用意ください。
・水
膠と水は、少しずつ添加しながら量を調整します。水匙のような量の調整しやすい匙があると作業がスムーズです。筆洗器などにきれいな水を汲み入れておくか、水差しなどをご用意ください。
【作り方】
① 絵皿(トキ皿)に顔料を入れます。
② 膠溶液を少量入れます。
③ 指の腹で、顔料と膠が馴染むまで練ります。
④ 水を少量加えよく練ります。膠と水は、調整しながら溶きおろしてください。
併せてこちらの動画と記事をご参照ください。
<参照記事>
岩絵具の白(びゃく)やピグメントのように粒子が細かい顔料は、板とマーラー、乳鉢などで絵具を作ることもできますが、粒子の大きい番手は絵皿(トキ皿)で練ることをおすすめいたします。
指で練ることで膠が液体化を保ち、顔料の粒子をきれいにコーティングできます。
なお、膠で練った絵具は常温での長期保存が難しく、時間を置いて使う時や余った岩絵具から膠成分のみを取り除き再利用する「膠抜き」を行うこともできます。
<膠抜き>
① 絵皿にお湯を入れて指で洗い、数分置きます。
② 岩絵具が沈殿し、分離した膠を含んだ上澄みの水分を捨てます。
③ 顔料のみを保存します。なお、2〜3回同じ作業を繰り返すと、よりしっかりと膠分を除去できます。
また、PIGMENT TOKYOの画材エキスパートによる講義と実技を学べる、水彩絵具や岩絵具のワークショップもございます。講師よりアドバイスを受けたい、まずは体験してみたいという方はいかがでしょうか。
入門講座ですので、年齢や経験を問わず、どなたでもご参加いただけます。
PIGMENT TOKYO ワークショップ
顔料やメディウムの種類や量によっても透明感や粘度が変わり、作品に合わせてぜひお好みの色材を作ることもできます。 「絵具づくり」から表現を探求し、ご自身の創作の構築にお役立てください。
PIGMENT TOKYO
白石 奈都子
多摩美術大学 染織デザイン専攻卒業。オリジナルの和紙、書を主体とした制作に携わり、アーティストとして活動中。
多摩美術大学 染織デザイン専攻卒業。オリジナルの和紙、書を主体とした制作に携わり、アーティストとして活動中。