「黒」は、火を燃やし、煤を作る様子を表していると言われています。その「黒」の文字から成る「墨」は、油や松等を燃やし、採煙した煤と膠を練り上げて作ります。
製墨方法は、基本的な作り方は古来からほとんど変わっていません。しかし、時とともに膠などの原料は変化し、長い年月を経て風土や時代に合わせて配合等を研鑽し、現代の日本で使われている墨が生まれました。
墨の色は原料とその焚き方によっても違いがでます。
まず、原料の違いにより油煙墨(ゆえんぼく)と松煙墨(しょうえんぼく)があります。それぞれの特徴をご説明いたします。
◾️油煙(ゆえん)
【原料】主に菜種、桐、胡麻などの植物油、鉱物油(液体原料)
【採煙方法】芯焚き法(手焚き)、機械焚き
※灯芯の太さにより、粒子径が決まる
【煤の特徴】硬く均一な粒子の集合体
【粒子径】小(15-80nm)
【墨色】艶のある上品な黒色
◾️松煙(しょうえん)
【原料】松材など
【採煙方法】直火焚き法(不完全燃焼)
※採煙の場所により、粒子径が異なる
【煤の特徴】柔らかみのある凝集した粒子の集合体
【粒子径】大小の粒子が混在(30-400nm)
【墨色】厚みのある黒/濃淡の変化が出やすい
※経年による変化が大きい
【粒子の大きさ等により墨色の違い】
・細かい粒子‥‥赤系
・やや大きな粒子が混在‥‥茶系
・大きな粒子が混在‥‥紫紺色
・ほぼ大きな粒子‥‥青系
・大きな粒子に灰分が混ざる‥‥青墨
また、こちらの記事でも墨の色味についてご説明しております。
「墨は古くなるほど良い」とも伝えられ、古墨(こぼく)と呼ばれるものが珍重されてきました。原料である膠の経年変化と炭素末(松・油煙)の自然凝集がもたらす作用により、墨色に深みが出て運筆も軽くなります。
品質の良い古墨に育てるには、元となる墨が良質であることはもちろんのこと、歳月がかかるだけでなく保管状態の良し悪しも影響するため、中には大変貴重で高価なものもあります。
製墨の際、書く時に必要な量よりも少し多めの膠が使われています。
そのため、新しい墨は粘度が強く感じることもあります。これは、年月が経つと膠の粘度が低下し、3〜5年ほどで膠の粘度が大きく変化した後、数年で描くのにバランスが良い膠の状態になります。
製墨から長い年月を経た墨を、いわゆる「古墨」と言います。
今回は、PIGMENT TOKYOがオープン当初から変わらず画材に抱いた思いを元に、画材エキスパートが厳選した古墨をご紹介いたします。
原料から成る墨のパーソナリティをお楽しみください。
古雅墨 青松煙
◾️古雅墨(こがぼく)
株式会社墨運堂が丹精込めて作り上げた製造後30年以上経過した墨のシリーズ。現在では、1955年頃から1985年頃の製造品で構成されています。
墨は経年変化することを「枯れる」という表現をします。
古雅墨は、本来の墨の特性と枯れることで生まれた煤本来の色味を感じる墨色、立体感をも感じる滲み、ぼかしの美しさをご堪能いただける、職人技と時の流れが融合した唯一無二の品ではないでしょうか。
古墨ゆえの黒の色彩と筆運びは、書・絵画など多様な表現でお試しください。
古雅墨 準百選墨
1979年製造。
こちらは、古雅墨の中でも「準百選墨」と言われる逸品。
「百選墨(ひゃくせんぼく)」とは、「一銘柄、一墨質」をコンセプトに作られた墨の中から100種厳選したシリーズです。その中から個性美溢れる墨を選出し、準百選墨として製造されました。滲みの透明感を重視し、青みが強く明るい青墨です。
百選墨の流れを受けたこの松煙の古墨は、時と共にどのような墨色になっていくのでしょうか。
古雅墨 千珠千月
1965-74年代製造。
よく枯れた高級油煙墨で、淡墨から濃墨までご使用いただけます。
力強さの中に品性を感じる黒色は、油煙墨の古墨ならではかもしれません。
筆の違いや強弱をつけることで、時を刻んだ墨にしか出せない線が表れるでしょう。
※こちらの商品は販売を終了いたしました。
古雅墨 含翠
古雅墨の代表製品とも言われています。
絵画、書ともに滲みやぼかしの色調が美しく、古墨の良さを感じられます。
古雅墨 青松煙
1975-84年製造。
青墨の代表製品です。
墨色は、芯に強さがあり、経年により個性がより顕著になり、滲みに立体感や透明感が増し、豊かな青墨の色彩が表れます。
ご自身でドーサの効き具合を調整したり、和紙の個性を生かした濃淡美は、小作品から雄大な作品まで、より奥行きのある世界観に繋がります。
大きい書画作品にも映える色味ではないでしょうか。
古雅墨 龍気碧天 ※こちらの商品は販売を終了いたしました。
1975-84年製造。
中級の油煙墨で、繊維の粗い和画仙紙にも浸透しやすく、美しく滲むように膠を調整して作られています。
楮紙だけでなく、味のある紙で描いても趣のある表情が出るかもしれません。
サイズが大きいので枯れ方の変化を探求することも可能です。
裏面の龍の彫刻も、どことなく愛嬌があります。
古雅墨はご紹介いたしました以外にも多数種類ございます。
なお、製造元である株式会社墨運堂ではお試しいただくこともできます。
墨運堂は、製墨の歴史が1300年と続く古都、奈良にて1805年より続く、老舗の墨や書画用品メーカーです。
唐文化を感じる由緒ある神社仏閣や歴史ある奈良の情景を見ながら、墨への風趣もぜひご堪能ください。
刻々と変化を遂げる古墨との一期一会。
良い環境の元で育てられた墨の寿命は、100年以上とも言われます。
まだまだ変化を遂げる古雅墨を、自分だけの色に育ててみてはいかがでしょうか。
参考資料
・株式会社墨運堂 ホームページ(2021年12月19日閲覧)
https://boku-undo.co.jp/