裏打ちの所作 -輪郭-

裏打ちの所作 -輪郭-

制作の礎となる基底材は、表現や展示方法によりその仕立て方や作品形態は多種多様です。どのような素材においても、特性を知った上での加工が必要不可欠です。

中でも、紙は汎用性がある反面、パネル張り以外ではその薄さや強度などの観点から何かしらの仕立てを要することが多い素材のひとつです。

今回は、紙本や絹本に用いられる技法、日本の裏打ちについてご説明いたします。


書画の作品を紙や絹、裂地を使い、掛軸、巻物、額、襖、屏風、衝立などに仕立てることを総称して「表具」あるいは「表装」と言います。そしてこれらの制作を行うのが表具師です。

裏打ちとは、多くは掛軸や巻物などに表装する作品において必ず最初に行う工程で、紙や絹の補強や変形を防ぐために施す技法です。

しかし、裏打ち方法については道具や技術も必要なため、個人で行うにはハードルが高く、なかなか手が出せないのも現状です。

PIGMENT TOKYOにて屏風など表具関連のワークショップの講師も務め、文化財や美術作品の修復などにも携わる、表具師の物部泰典氏にお話を伺いました。

 
物部泰典氏

 

—裏打ちとは、どのような技法でしょうか。
物部泰典氏(以下、物部:敬省略):
紙本や絹本の裏面に糊を塗った和紙を貼り合わせ乾燥させて、作品の強度を高める工程です。
例えば、紙の裏打ちというのは、制作した生の状態の(パネル張りなどをせずに制作した)ままだとシワやたるみがあり、鑑賞に耐え難いのでシワを伸ばします。また、裏打を施すことで紙に厚みが出て補強され破れにくくする目的があります。
 

 

—裏打ちは補強や修復時に行われますが、和紙と絹本以外でもできますか。
物部:洋紙の修理でも裏打ちを行う事もありますし、織物や染色作品、薄い綿布なども行う事が可能です。裏面が糊をはじく様なビニール系の物は難しいです。
 

 

—表装技術は中国から日本に伝わった技法ですか?
物部:古代の中国大陸から仏教と共に伝来したと言われています。
偉大な発明である、文房四宝(墨・硯・筆・紙)は人類にとって大きな出来事でした。後世に情報を文字として残せる、先人の知識を後世へ繋げる事を可能としたからです。
元来、仏教において経典を木簡に書いていましたが、同じ体積で情報量が圧倒的に多い紙に写経するようになりました。これにより巻物が作られ持ち運びが可能となったのですが、紙が薄いので強度を高めるため、裏打ちが施されるようになったと考えられます。
そのような中で表装技術という物が確立していったと思われます。
ただし、技術は中国大陸から伝わったものですが、日本と方法が異なります。
 

 

—中国と日本の裏打ちは、どのように違うのでしょうか?
物部:日本の裏打ちの特徴は、投げ裏打ち(裏打紙に糊を塗って、持ち上げること)です。
これは、湿らせた本紙の上に湿紙を張り合わせ乾燥させることができ、狂いの無い仕上げを行う事が出来ます。これは裏打紙の特徴に由来します。
裏打に使用する紙は、日本では楮紙を使用します。繊維の長いまま紙漉きができ、湿らせても破れにくい強度の高い紙を日本で開発できたからです。

一方、中国大陸では、宣紙のような短い繊維の紙を使用していました。この紙を湿らせて持ち上げると破れてしまいます。

そのような理由で裏打方法は、作品の裏面に直に糊をつけて乾いた紙を張り合わせるので、狂いが生じやすいです。日本で言う「地獄打ち」のやり方です。
糊を塗って湿ったところに乾燥した紙を載せて乾かすので、紙が波打ちしやすいです。
どちらが良いかというのではなく、地域により使用している材料、紙が違うということです。

 


—サイズ、厚さ(斤量など)の下限または上限はありますか。
物部:制限はありません。
大きい作品の場合は、一枚の紙で裏打ちするわけではなく、紙を継いで貼ります。
ただし、素人であれば、一枚の紙で自分できれいに裏打ちできるのが最大A4くらいのサイズではないでしょうか。
作業スペースが狭くても、作品をずらしながらやれば大きいものもできますが、初心者には難しい方法です。
 
紙を継いで裏打ちをする場合は、継ぎ目を一分(約3.03mm)の幅で揃えます。
薄い紙で裏打ちするので、継ぎ目はそれほど目立ちませんが、掛軸にする場合は継ぎ目が3mm以上になると、巻いた時に折れが生じやすいため、注意する必要があります。
なお、掛軸の場合は、最初に行う肌裏打ちの後、増裏打ち、総裏打ちという作業で全体の強度や収縮を調整します。

 

 

—作家自身で裏打ちができる作品、外注した方がいい作品というのはありますか。
物部:アーティストが自分の作品に施す場合も、目的や技術力にもよるのではないでしょうか。
販売を考えている作品であればプロの職人に依頼した方が良いでしょう。
 

 

—刷毛の形状が関西と関東で異なりますが、使い方に違いはありますか?
物部:使い方は同じです。
京都は柄の部分が丸みを帯びていますが、関東は角張っています。

 

 

—歴史や文化的背景から、京都と他の地域による違いは道具以外にもありますか。
物部:裂地の取合せなどの好みに違いがあります。
例えば、東京には江戸時代に誕生した江戸表具があります。江戸では徳川幕府を始めとした武家が多く、彼らに納めていた掛け軸などは豪華な意匠が好まれたようです。また江戸の町衆もそのような物を好んだのではないでしょうか。
京都は天皇を始めとする公家文化だったので、落ち着いたものが好まれた様です。また、京都は江戸よりも古くから都が置かれたことで、表具の高い技術や文化が古くからあり、朝廷や公家、社寺仏閣、茶人、武家などの依頼が多く、より丁寧に行い、技術が向上し、熟練の職人が多く育ちました。
まさに需要と供給の問題で、京都で修行した職人が地元に持ち帰って技術を広めるので、そこで求められるクオリティにより、地域差がでます。
京都では求められるクオリティが高かったので、職人の技術が高まったのではないでしょうか。

 

 

—伝統技法の習得、またその技術で行う修復や裏打ちはいかに長く美しく保たせるか。
物部:表具師の伝統技法を習得するには、約10年程の修業期間を経て生涯技術の研鑚を積む事になります。また、表具を作る時に、出刃包丁やノコギリ、鉋(かんな)、針と糸なども使いますし、屏風の組子を自分で直角に削るなど幅広い技術も必要です。
表装は長く保たせるために施すので、数百年先を目指して作ります。そして次の時代に修理する事が可能な状態で仕上げる事が大切です。また、技術だけでなく、素材も良質なものを使用します。
伝統的なこと、我々の先祖がやってきたことを次の時代に残すこと。
表具師は、主役(作品)を支えることが使命です。
 

続いては、使用する道具をご説明します。
◾️道具と材料
・水刷毛
・糊刷毛
・撫刷毛
・打ち刷毛(絹本の裏打ち時に使用)
・生麩糊(または市販の澱粉糊など)
・糊濾器(水嚢)
・木桶(なければ、プラスティックなど他の素材でも可)
・ボウル
・噴霧器
・水
・肌裏紙(3匁くらいの楮紙)
・敷き紙(水引き下敷き用)
・掛け差や掛け棒(細長い棒状の板、裏打ち紙をもちあげる際に使用)
・アクリル板(防水性の板があると作業しやすくなるため)


裏打ち用の刷毛は水分量の調整や均一に水や糊を引くのに適した素材と形状です。
工程により、用途に合わせて使い分けます。
 


◾️裏打ちの刷毛(和紙・絹本共通)

 


水刷毛
 
水を引くための刷毛です。
水刷毛に使用されている鹿毛の中には、細かい穴がたくさん空いています。そのため、保水性が高く、数回水切りすると滴ることはありませんが、穂にしっかりと水分が残ります。

 

 

水をたっぷり含ませた状態。
まだ滴っているので、2〜3回水切りをします。

 

 


 水刷毛で水引きをすると、このような刷毛目跡が表れます。


なお、濡れた刷毛は他の水系の獣毛筆と同様に、穂を上にしておくと根本に水分が溜まり痛みの原因になります。使用中は穂を下向きにし、立てて置いてください。
使用後は筆架け等に吊るし、しっかりと乾燥させてください。

 



京型糊刷毛

 

こちらは、糊を引くための刷毛です。
薄手の玉厚で、薄糊を使う作業に向いています。
和紙の裏打ちに使用します。
大極上は、大変糊引きが行いやすく、裏打ちが初めての方にもおすすめです。



京型付け廻し刷毛

 

糊刷毛にはもう一つ、糊刷毛よりも玉厚が厚く、毛丈が短い、付け廻し刷毛というのがあります。
糊を練る時や固糊に使用します。
 
使用後は、根本に糊が残らないように水でしっかりと洗ってください。
予備洗いとして、水を張った容器に穂の部分を数時間浸してから洗うと落としやすくなります。糊が残っていると、乾燥後に穂が固まりますので、その場合は再度同様の工程を行なってください。
筆洗後は、水刷毛と同じく、筆架け等で乾かします。

 

 


◾和紙の裏打ちに使用する刷毛

 


撫ぜ刷毛
 


京型ツグ撫ぜ刷毛

ツグ毛の撫ぜ刷毛は、硬く腰があり、裏打ち用の刷毛です。
使用後は穂についた糊を、濡らした雑巾で拭き取ります。
羊毛の撫ぜ刷毛は柔らかく滑らかで、紙の表面を撫ぜて整える時に使用します。

 

 

◾絹本の裏打ちに使用する道具

 


打ち刷毛 塗

 

こちらは絹本や裂の裏打ちの際に使用します。
玉厚が厚く、絹や裂と肌裏紙を打ち刷毛で何度も打って、圧着させます。
使用後は、ツグ撫ぜ刷毛と同様に、水洗いはせずに濡らした雑巾で汚れを拭き取ります。
 

 

◾️糊
和紙、絹本いずれの裏打ちにも糊が必要になります。
本来は生麩糊を炊いて、糊を作ります。

 


生麩糊

 

しかし、糊炊きや漉す作業に手間がかかるため、難しい場合はでんぷんでできた市販の障子糊などでも裏打ちは可能です。ただし、アクリルやアラビアゴムなど接着成分が入っていると接着力が強いため、乾燥後に湿らせても剥がれにくく、仕立て直すことはできませんので、お気をつけください。
 
炊いた糊及び市販の障子糊も、そのままでは接着力が強いので、適切な濃度にするために水で溶きます。
今回は、糊を溶く工程からご説明いたします。
 


◾️糊の準備
【固糊/絹本用】

 


① 糊がゲル状になっているので柔らかくなるまで付け廻し刷毛で練ります。
 

 


② 糊に少量の水を入れ、桶の底を使いながらダマにならないように良く練ります。

 

 

③ トロッとした、飲むヨーグルト状の粘度になったら出来上がりです。
 

 

【薄糊/和紙用】

 


① 固糊に水を継ぎ足し、さらに攪拌しながら徐々にのばします。

 

 

② 米の研ぎ汁程度の濃さになったら、薄糊の出来上がりです。

 

なお、糊は腐敗しやすいので使用量のみお作りください。

 
ダマができた場合は糊を漉します。
糊漉しは、漉し目(網の部分)に馬の毛を使用しておりますが、現在は材料の入手が難しい道具です。
そのため、代替品としてナイロンメッシュなどでできた市販品の使用も可能です。目の粗い網の場合や、網がない場合はガーゼなどの薄い布で糊を濾すと良いでしょう。
金属網は、金属粉などが入ってしまう場合があるのであまりおすすめしません。
 
馬毛の糊濾器(画像右)
 
 
日本の風土と文化により育まれて培われた裏打ちの手法は、芸術作品をより長く美しく輝かせるのではないかと、改めて実感するのではないでしょうか。
また、材質の特性を生かした刷毛や道具は、先人の経験や知恵を研鑽した職人技術を感じられます。
次回は、和紙と絹本の裏打ち方法をご紹介いたします。

 

 

 

 

 

 

物部 泰典(ものべ やすのり)
経済産業大臣指定伝統的工芸品「京表具」伝統工芸士
有限会社 物部画仙堂 代表取締役 
京都芸術大学 講師 
 
有限会社 物部画仙堂
京都で明治34年に開業し、4代に渡り表具師として伝統技術を継承する。
 
参考資料
京都都表装協会 編『表具の事典』(京表具協同組合連合会 2011年)

Profile

白石 奈都子

PIGMENT TOKYO 画材エキスパート

白石 奈都子

多摩美術大学染織デザイン専攻卒業。オリジナルの紙や和紙、書を主体とした制作に携わり、現在はアーティストとして活動中。

多摩美術大学染織デザイン専攻卒業。オリジナルの紙や和紙、書を主体とした制作に携わり、現在はアーティストとして活動中。