ドーサと基底材 —膠濃度の比較—

ドーサと基底材 —膠濃度の比較—

 画材用として販売されている市販の紙や布には、滲み止め加工が行われているものと、未加工の生(なま)があります。

色材を乗せた時に滲まないようにするには、和紙や絹、木などの基底材に、滲み止め加工を行います。その際に使う溶液をサイズ剤、加工をサイジングと言います。日本では膠が主成分のドーサ(礬水)を使い、その加工はドーサ引きと呼ばれています。

ドーサは一定の方法で製造し、塗布すれば全ての基底材に同様の効果が得られる、というものではありません。動物の骨や皮などを煮熟、精製して作られる膠は、特有の状態変化や天然素材ゆえの個体差があり、作業の上では素材の知識や理解が必要です。

現代では、滲み止めを施された紙も販売されていますが未加工品も多く、絹や麻布、木板に至っては、ほとんどがセルフ加工を余儀なくされます。また、表装や裏打ちを行う作品や保存方法によっては、ドーサ引きは必須工程です。裏打ちでは作品に刷毛や霧吹きで水引きを行うので、効き具合により色材が流れるなど、作品にも影響します。

ドーサ溶液の作成から基底材に引くまでの工程を全て行うと、手間はかかりますがメリットもあります。

ご自身で行うことで基底材の選択肢が増えるだけでなく、色材と基底材、表現技法などそれぞれの特性を考慮したグラデーションやブレンディングの幅を広げる可能性もあり、大きな利点ではないでしょうか。

しかしながら、高温や湿気の影響を受けやすい基底材(和紙や絹)と膠の性質上、環境やドーサとの組み合わせによってドーサの効きが悪くなることもあります。水溶液の濃度や塗布回数などを調整することでコントロールすることも可能ですが、そのためには基底材や色材の知識や経験値だけでなく、データ収集も欠かせません。

PIGMENT TOKYOでは、ドーサの膠濃度と基底材の違いを比べたサンプルの作成と検証をしており、その一部をご紹介いたします。

 

 

材料にPIGMENT TOKYOオリジナルの膠を使用して検証いたしました。

 

 

一般的にドーサを作る場合、膠の皮膜を固める効果増強にミョウバンを添加しますが、ゼリー強度が高い膠は、ミョウバンを使用せずに皮膜が固まります。

こちらの膠で作る礬水は、基本的な膠濃度は和紙は3〜4%、絹は1.5〜2%程度を推奨しておりますが、上述の通り温湿度や基底材によりサイジング効果が変動するので、状況やお好みにより濃度と塗布回数をご調整ください。

 

固形タイプの板膠と、それを20%濃度で作成した豚膠溶液の2種類ございます。

板膠はドーサを作るのに時間がかかりますが、保存性がよく、常温で長期保存できます。コストパフォーマンスに優れているので、たくさん作る場合はおすすめです。高温多湿の環境下ではカビが発生することもございますので、乾燥剤を入れて保管してください。

豚膠溶液20%は希釈するだけで使えるので、ドーサ引き初心者や本製品を試したい方、少量ご使用の場合は、利便性の高い商品です。なお、防腐剤を添加しており、冷蔵庫保存で約1年程お使いいただけます。

低温時に固形化しますので、その際は瓶のまま湯煎するか、器に適量移して温めてください。

 

商品の詳細と板膠から作る礬水溶液は、下記の特集記事をご参照ください。

 

 

 

 

 

今回使用した膠と基底材のデータです。(2023年1月5日現在)
膠は入荷ロットにより物性値が異なります。
※基底材はPIGMENT TOKYOで販売している商品を使用し、それに基づいた記載です。

 

膠/物性値
・粘度:約11 mPa・s
・ゼリー強度:JS 610~630 g 前後
・ペーハー:pH 5.0~6.0
 
基底材
・楮紙(5匁、10匁、15匁、20匁)
・白麻紙
・絵絹(二丁樋特上、三丁樋)

 


 

◾楮紙

検証環境:2022年9月2日 室温22.7度 湿度60%

 

  

 

 

【使用画材】

色材:墨/新岩絵具 群青9、群青13/水彩絵具/アクリル絵具

メディウム:膠(新岩絵具)

基底材:楮紙(5匁、10匁、15匁、20匁)

ドーサ濃度:3%、4%

塗布回数:表面1回

 

長く強い繊維で漉かれた楮紙は、丈夫で平滑、しなやかさも兼ね備えています。薄手から厚手まで斤量に幅のある、非常に汎用性が高い紙です。

どちらの楮紙も濃度3%で礬水が適度に効いており、4%では撥水が強いようで、やや色材を弾いています。15匁と20匁でも濃度3%でサイジング効果はありますが、5匁、10匁よりも色材が浸透しています。

15匁以上の厚手の紙はドーサが浸透しにくいので、表裏両面への塗布や回数を調整するなど、塗りムラのないようにお気をつけください。

 

 

 

◾白麻紙

検証環境:2022年9月2日 室温22.7度 湿度60%

 

【使用画材】
色材:墨/新岩絵具 群青9、群青13/水彩絵具/アクリル絵具
メディウム:膠(新岩絵具)
基底材:白麻紙
ドーサ濃度:3%、4%
塗布回数:表面1回

 

白麻紙は、紙料に強靭な麻の繊維と楮が使われ、厚手でありながら柔軟性のある基底材です。
生の場合は楮紙よりも浸透力が強く見られます。その特性を利用した色調や濃淡のブリーディング表現がしやすい側面もあります。
厚手の楮紙と同じく、ドーサを引く時は塗ムラにご留意ください。
 

 

 

次は、絵絹のサンプルです。

当ラボでご用意している3種類の中で、最も薄手の二丁樋特上と、最も厚い三丁樋でテストいたしました。



 

◾絹

検証環境:2023年1月10日 室温21度 湿度50〜55%

 

 

【使用画材】
色材:墨/新岩絵具 群青9、群青13
メディウム:膠(新岩絵具)
基底材:絵絹 二丁樋特上
ドーサ濃度:1.5%、3%
塗布回数:表面1回
 
薄手の二丁樋特上は、透過性の高い絵絹です。
濃度1.5%でも滲みはありませんが、部分的に繊維に沿って色材が広がっています。
3%になると、概ね筆跡がそのままの状態で定着しますが、撥水効果が強く色材を弾いているところも見られます。



 

【使用画材】
色材:墨/新岩絵具 群青9、群青13
メディウム:膠(新岩絵具)
基底材:絵絹 三丁樋
ドーサ濃度:1.5%、3%
塗布回数:表面1回
 
3種の中で最も厚く、強度のある絵絹で、大きな作品に向いています。
繊維の密度も高く、1.5%では薄手の二丁樋特上よりも輪郭に滲みが強く表れました。
しっかりと効かせるには、ドーサを引く前に目止めとして寒天引きを行うかドーサを表裏両面に塗布、または回数を増やすなど、ご調整ください。

 

寒天引きとは、絹糸の目を寒天で埋めて平滑な表面にする技法です。
棒寒天を煮て濾した寒天液を使います。濃度はお好みで構いません。
絹の表に1回、寒天液が熱いうちに刷毛で絵絹に塗り、乾燥させます。
ポイントは寒天が液状である熱いうちに塗布することです。寒天が冷えて固まると、再度温めてもゲル化しないので、大きな作品の場合は湯煎しながら塗るなど、溶液が冷めないようにお気をつけください。
寒天がしっかりと乾いた後に、ドーサを引いてください。
 

 


ご覧いただいたサンプルはあくまでも一例ですので、膠の物性値だけでなく加工した当日の気温や湿度、基底材や色材の詳細情報など、ご自身の制作環境や必要な情報を記載したオリジナルサンプルを作ることで、より詳細なデータになります。

表現の世界では偶然から誕生した面白さも一興ですが、ドーサマスターになることで、その興趣への糸口を探し出す引き金になるかもしれません。

 

 

 

 

Profile

白石 奈都子

PIGMENT TOKYO 画材エキスパート

白石 奈都子

多摩美術大学染織デザイン専攻卒業。オリジナルの紙や和紙、書を主体とした制作に携わり、現在はアーティストとして活動中。

多摩美術大学染織デザイン専攻卒業。オリジナルの紙や和紙、書を主体とした制作に携わり、現在はアーティストとして活動中。