膠のつかいどころ

膠のつかいどころ

和紙や絵絹を基底材に使うアーティストにとって、にじみ止め加工のドーサ(礬水)引きは、作品の仕上がりや保管にも大きく影響を及ぼす大切な工程のひとつです。

ドーサ溶液の主成分である膠は、古来メディウムや接着剤としても使用されており、アートや製造関連など様々な分野で馴染みのある素材です。

動物の骨や皮を煮熟して作る膠は、色は茶、焦茶、飴色などの濃色系または半透明で、スティックや板状、顆粒の形状をしておりますが、その見た目だけでは特性などはわかりかねます。

作品制作の画材で膠を使う場合、絵具のメディウム、箔の接着、基底材のにじみ止めなど、その用途ごとに選定基準が異なり、PIGMENT TOKYOでも牛、鹿、魚などを原料とした多種の膠を取りそろえておりますが、やはりそれぞれ推奨の使い方があります。

今回はその中で、ドーサ引きに焦点を当てた膠をご紹介いたします。

 

画像でもお分かりいただける通り、こちらの膠は非常に透明度が高く、板というよりも薄いシート状です。

透明度の高い淡色の膠で作るドーサ溶液は、基底材や色材、箔への着色が最小限に抑えられることもメリットですが、膠の最大の利点はその物性値にあります。

PIGMENTが膠で示す物性値とは、粘度(Pa・s)、ゼリー強度(JS/g)、ペーハー(ph/水素イオン濃度)です。その中でも、ゼリー強度の高さが大きな特徴です。

当ラボでご用意している膠と数値を比べると、他の膠は概ねJS100〜500g程に対し、こちらの膠はJS 600g台です。(※数値は2022年12月6日現在。物性値はロットにより変動がございます。予めご了承ください。)

 

ゼラチン質が主成分である膠は、水との親和性が良く、保水、吸湿性が備わり、水溶液の濃度や液温により状態が変化する性質を持ちます。液温が高いとゾル(液体)、冷却するとゲル(ゼリー)化し、しかも可逆性があるので、その状態を行き来することができます。

物性値に記載されている「JS(Jelly strength)」とは、ゼリー強度を指し、その数値が大きいほど強度が高い、すなわちゲルの硬さを意味します。

 

 

では、何故ゼリー強度がドーサに影響するのでしょうか。
一般的なドーサ溶液は、膠とミョウバン、水を混合して作ります。 膠は基底材に皮膜を作る役割があり、ミョウバンはその皮膜を固める効果を強くするために添加します。ミョウバンの量(濃度)によってサイジング(ドーサ)の効き、つまり撥水効果を調整できますが、サイジングを高めると酸性のミョウバンは基底材を酸化により劣化や変色させるという側面もあります。
一方、ゼリー強度の高い膠はミョウバンを使わずに皮膜を固めて作ることができ、単体でサイジングの効果が得られるので、ドーサ向きの膠として推奨しております。 特に、長期保存を目的とした作品や、変色が絵肌に大きく影響するような表現をされる場合におすすめです。

 

にじみ止め加工以外の用途では、濃度を薄くして金泥やパール系顔料、箔下糊などにもお使いいただけます。用途別の推奨濃度等は下記をご参照ください。

ただし、ゼリー強度が高いがゆえ、岩絵具などのメディウムに使うと、絵肌(絵具)が割れる恐れがございます。描画の絵具に使う際は、ゼリー強度の低い他の膠を推奨しております。

 

【用途別の推奨濃度】

ドーサ液は気温や湿度により、効きが変わります。和紙に加工する場合は原料や斤量によっても変わりますので、濃度数値を目安に、状況やご自身の表現に合わせてお試しの上、ご調整ください。

 

和紙のドーサ溶液:3〜4%

絵絹のドーサ溶液:1.5〜2%

金泥・パール顔料のメディウム:1.5〜3%

箔貼り用(箔下糊):1.5~3%+アルギン酸1%溶液

 

 

 

ドーサ液の作り方

では、板膠 豚由来 (ドーサ向き)の基本的なドーサ溶液の作り方をご説明いたします。

 

 

① 膠と水を計量し容器に入れる
用途に合わせて膠と水を計量します。
膠の形態にもよりますが、「板膠 豚由来(ドーサ向き)」は薄いので、手や鋏などで簡単にカットできます。計量した膠と水を容器に入れます。
清潔で攪拌しやすい容器であればステンレスボウルやガラス製容器でも構いません。
 
② 膠を膨潤する

膠を水で膨潤させます。

当ラボでは軟水を使用しておりますが、水道水でも結構です。

ただし、膠はたいへん腐敗しやすいため、容器に蓋を被せ、冷蔵庫などの冷暗所に置いて膨潤させてください。

製造量にもよりますが、少量であれば1〜2時間、多くても数時間程度で膠が水分をしっかりと含みます。

 

 

 

③ 溶解する

膠を溶解します。

膨潤した膠と水を、攪拌棒でしっかりと混ぜて溶解します。溶解する際は膠が入った容器を湯煎をしてください。

攪拌棒は、不純物の混入や保存性を考慮し、ステンレスやガラス製が良いでしょう。

 

 

④ 防腐剤を入れる(長期保存の場合)

長期保存する場合は、防腐剤を添加し攪拌してください。

特に膠溶液を2日以上の使用や、終日冷蔵庫から出して使う際は、防腐剤を入れることで腐敗やカビを防ぎます。添加量は溶液総量の0.1%程度と極少量です。変色等、添加による基底材への影響もございません。

 

⑤ できあがり

 

できあがりです。

長期保存する方は、煮沸または消毒したフタ付きの容器に入れてください。

なお、防腐剤が入っていても膠溶液はたいへん腐敗しやすいので、必ず冷蔵庫で保管のうえ、1年程を目安にお使いください。

ドーサ溶液を使う時は、容器ごと湯煎をして、完全に溶かしてから使用してください。



こちらは、ドーサ加工の有無によるにじみのテストを行ったサンプルです。

 

【使用画材】

色材:大和雅墨 茜雲

基底材:楮紙 10匁

ドーサ溶液濃度:3%

ドーサ溶液塗布回数:表面 1回

 

 

【使用画材】

色材:大和雅墨 茜雲

基底材:雲肌麻紙

ドーサ溶液濃度:3%

ドーサ溶液塗布回数:表面 1回

 

 

雲肌麻紙も楮紙10匁と同じく1回のみの塗布ですが、しっかりと浸透してないと思われる箇所は少しにじみが生じました。このように、同じドーサ溶液でも和紙も種類により効き具合は異なります。
ドーサ液は効き具合を調整することで、描画や色彩における効果も変わります。 特に厚手の和紙は、表面だけの塗布では浸透せず効かないこともあるので、基底材や作品に合わせて、濃度だけでなく回数や表裏にドーサ引きするなど、ご考慮ください。

また、和紙や絵絹などの基底材のにじみ止めだけでなく、箔下糊や箔上ドーサとしても使うことができます。

箔下糊は、膠溶液だけだと乾いてしまうのでアルギン酸溶液を入れることで乾燥を遅くします。アルギン酸とは布海苔という海藻から抽出した増粘剤です。

膠溶液1.5〜3%に希釈し、アルギン酸溶液1%を混合して使用します。

 

表現や技法の幅をさらに広げる契機に、膠の特性をご活用ください。

Profile

白石 奈都子

PIGMENT TOKYO 画材エキスパート

白石 奈都子

多摩美術大学染織デザイン専攻卒業。オリジナルの紙や和紙、書を主体とした制作に携わり、現在はアーティストとして活動中。

多摩美術大学染織デザイン専攻卒業。オリジナルの紙や和紙、書を主体とした制作に携わり、現在はアーティストとして活動中。