文字文化が成熟する前は、情報の伝達や儀式を行う際に、絵は重要な手段のひとつとして活用していました。約3万年前の旧石器時代の洞穴では、黒、赤、黄色などで着色された壁が確認されています。
はじめは、比較的容易に手に入る石や土、炭素から作った天然顔料が主に使われ、やがて時代が進むと使用される原料の多様化に伴い、絵具の色も豊かになりました。
なかでも天然顔料で作られた青は貴重な資源や高度な精製技術を要するため、合成顔料が登場する前は金よりも価値が高かったと言われています。
さらに、古代エジプト人による火を用いた合成技術の誕生により顔料の色種が大幅に増え、その後も文明が発展するにつれて鉱物系の顔料だけでなく、染料をレーキ化した顔料の製造も行われました。
しかしながら、天然顔料を超える青い色彩が生まれるまでには、長い時間と技術の進歩が必要でした。
芸術家たちの求める色彩美を追求する過程には、想像を超えるほどの努力と歴史が刻まれているのではないでしょうか。
今回は、芸術家だけでなく多くの人々を魅了し、愛されてきた、青い顔料についてご紹介いたします。
ウルトラマリン
天然顔料/原料:ラピスラズリ
青い色材の原料には、ほかにもさまざまな青色をもたらす顔料や染料が存在しましたが、多くの名作に使用された青の中で、ラピスラズリから作られたウルトラマリンはその美しさから最高級と評価されていました。
その評価は、良質なラピスラズリが採れるアフガニスタンにとどまらず、メソポタミア(現在のイラク)やエジプト、インダス(インド)、中国などの古代文明が栄えた地域やヨーロッパ各地にまで広がっていきました。
しかし、ラピスラズリは採掘できる場所が限られている上に、その精製過程で得られる純度の高い濃い青だけがウルトラマリンとして使える絵具となるため、非常に高価でした。
そのため、この希少な顔料を使うことができたのはほんの一握りのアーティストに限られていました。
ウルトラマリンに大きな革新がもたらされたのは、18世紀から19世紀にかけて起きた産業革命時期で、技術革新や製鉄業の急成長が進んでいた時代でした。19世紀初頭、ソーダ灰や石英などの鉱物と木炭を高温で焼成した結果、ウルトラマリンが生まれました。
プルシャンブルー
青色への強い欲求は日本の芸術家たちの間でも見られました。
日本で使われていた青い色材は、アズライト(藍銅鉱/らんどうこう)を元にした岩絵具で言う「群青」や、植物から取り出した染料が主流でした。天然の石を使った顔料は非常に高価で、岩絵具を多く使った美術品は主に貴族など上流階級の人々にしか手に入らなかったと伝えられています。
江戸時代(17〜19世紀)に入ると、浮世絵という庶民向けの芸術が発展します。当初、浮世絵で使われた青色は露草や藍などから抽出した植物染料でした。
18世紀になると、ドイツ・ベルリンで新たに合成された青色、プルシャンブルーが発見されます。プルシャンブルーは日本にも伝わり、「ベルリン藍」の略称である「ベロ藍」や、作家の名前にちなんで「北斎ブルー」として親しまれるようになりました。
PIGMENT TOKYOでは、絵具ができるプロセスを体験しながら、顔料の歴史を学べるワークショップを期間限定で開催いたします。
[期間限定]動き出す浮世絵展 TOKYO 特別講座『北斎ブルーをつくり、えがく』
開催日程:2025年2月8日(土)– 3月29日(土)(全10回)
2月...8日(土) 11日(土) 15日(火・祝) 22日(土)
3月...1日(土) 8日(土) 15日(土) 20日(木・祝) 22日(土) 29日(土)
開催時間:14:00 – 16:00
場所:PIGMENT TOKYO
受講料:11,550円(税込・材料費込・展覧会チケット付き)
対象年齢:小学4年生以上〜大人
ご予約/詳細:ワークショップ - PIGMENT TOKYO
<チケットオプション(ご希望の方はご選択ください)>
■保護者同席(1名様):無料
椅子を追加で1席ご用意いたします。
※数に限りがございます。
※受講1名様に対し、ご同席は1名様までとなります。
※材料は含まれません(制作のお手伝いは可能です)。
<「動き出す浮世絵展 TOKYO」チケット>
寺田倉庫G1ビルで開催の展覧会「動き出す浮世絵展 TOKYO」がご鑑賞いただけます。
※チケットはワークショップ当日に限り有効となりますので、ご注意ください(お好きな時間帯にご入館いただけます)。
2025年3月末まで天王洲アイルで開催されている「動き出す浮世絵展 TOKYO」展とのタイアップ企画として、プルシャンブルーについて講義と実技から学べるワークショップを開催いたします。
こちらのワークショップでは、二種類の薬品を混ぜ合わせてプルシャンブルーの顔料を自分の手で作り出し、その後、絵具として仕上げます。さらに、浮世絵にしばしば使われる天然由来の雲母(うんも)も、鉱物の破片を削り取り顔料にするところから始めます。
ご自身で作った顔料を使い、北斎が考案した「さくらわり」の模様が施された下図に塗り、ハガキサイズの作品ができあがりです。
完成した作品は額に入れてお持ち帰りいただけます。
ワークショップと展覧会を通して、浮世絵師の画材や色への情熱に触れてみてはいかがでしょうか。
インミンブルー
インミンブルーは、電気関連の材料開発のための研究中、2009年に偶然発見された新しい顔料です。
オレゴン州立大学のサブラマニアン教授率いる研究チームが、酸化マンガンに他の化合物を加えて高温で加熱した実験の結果、鮮やかな青色が現れたことが記録されました。
その後、この色素は元素記号のYttrium(イットリウム)、Indium(インジウム)、Manganese(マンガン)にちなんでYInMn(インミン)と名付けられました。
この顔料は、赤と緑の光の波長を吸収し、ブルーの光の波長と赤外線を反射する特性を持っています。
観測によると、この鮮やかな青色は化学的にも安定しており、非常に高い耐久性を誇り、ほとんど色褪せることがないとされています。加えて、健康や安全性の面では、合成に使用される物質には有害な成分は含まれていないため、安全性が高いことも特筆すべき点です。
ウルトラマリンブルーやプルシャンブルー、フタロブルーといった他の合成顔料と同じく、化学的に安定した色を提供する顔料として注目されています。
絵画材料などのために開発されたものではないのですが、その特質から確実に画材としての利用価値があります。
インミンブルーを美術的な観点から見ると、この色が持つ鮮やかさは、他の青系顔料と比較しても非常に高く、輝かしい色です。微妙に赤みを帯びたトーンが特徴的で、この特異な輝きは顔料の粒子構造に基づいており、その高い光反射率が明確に示されています。
イヴ・クラインブルーを彷彿とさせるその鮮やかさは、その輝きや特性のうえで匹敵、あるいはそれ以上である可能性があります。今後、芸術や工業分野において、新たな「青」として普及が期待される色となるでしょう。
インミンブルーについては、こちらで特集しております。
顔料の探究と歴史は、まだ続きます。新たな色との出会いをお楽しみください。