PIGMENT TOKYOは神奈川県の箱根町にあるポーラ美術館の展示室にて開催されている《シン・ジャパニーズ・ペインティング 革新の日本画》展にて、岩絵具をはじめとする顔料や日本画材の展示協力をいたしました。
本展の会場のひとつ、アトリウムギャラリーでは「マテリアルズ 日本画材の博物館」と題して、PIGMENTのメインビジュアルにもなっている顔料瓶のほか、絵筆などを含めた当ラボの商品がインスタレーションのように展示されています。
《シン・ジャパニーズ・ペインティング 革新の日本画》展 アトリウムギャラリー マテリアルズ 日本画材の博物館
「日本画」という言葉は、伝統的な平面作品の巻物や屏風絵などが、当時の欧州のアートシーンの中心だった油絵をはじめとする絵画と出会い、新しい表現形式として19世紀後半に確立されたものです。
ただ、西洋と東洋という対立構造がもはや成立しなくなった現代では、アートのジャンルをMedium(展色剤)で区分することが難しくなっています。
現在では、日本画のアーティストでも膠を使わず合成のメディウムを使用したり、岩絵具を使用せずピグメントを主の色材として使うケースも増えており、日本画の定義をキャプションに記載された素材だけで分類するのは不可能です。
本展示は、そうした日本画の誕生から戦後、そして現代に至るまでどのような変遷を描いてきたのかを追い、日本画が育んできた美と可能性を私たちに提示している展示になっています。
同展 展示室1の三瀬夏之介の作品群による展示風景
本展を担当されている学芸員によれば、この展覧会は第一章の杉山寧による《慈悲光》と、アーネスト・フェノロサの言葉を起点に構成されているとのこと。
確かに巻物とも襖絵とも異なった「Painting(絵画)」と言わざるをえない巨大な様式、絹本に細い筆で描かれた線、絵墨や胡粉を用いた着彩など、まさに日本画的と言える要素がふんだんに散りばめられています。
胡粉の白を基調とした、線による静的な絵画表現という点では、レオナール・フジタによる乳白色下地の登場を予言しているかのようです。
芥川龍之介は晩年に執筆した短編小説『歯車』の作中において、「我々は丁度日本画のように黒と白の外に色彩のない女の肖像画でも満足である」という一文を残しています。モノクロをベースにしたミニマムな色彩は、日本画を想起させる要素と言えるのでしょう。
同展 展示室1の入り口付近に展示された杉山寧の《慈悲光》
杉山寧《慈悲光》1936年(昭和11年)福田美術館
ポストモダニズムの時代を経て、日本画は多様な進化を遂げます。
PIGMENT ARTICLESでもインタビュー記事を掲載したマコトフジムラは、現代美術の視点から日本画材が持つ美的な哲学を絵画で探求するアーティストです。
また、山本基は塩を描画材として用いたインスタレーションや、渦巻きなどのプリミティブなモチーフを軸に絵画作品を展開しています。
同展 マコトフジムラ《波の上を歩むー氷河》(左)と、山本基《時を纏う》、《たゆたう庭》の展示風景
提供:ポーラ美術館
これらの作品群を受けて「日本画とは何か」を定義することは容易ではありません。しかし日本美術が培い、継承してきた素材と形式が持つ「美」こそ、日本画を日本画たらしめているとも言えます。
例えば、この岩絵具は天然鉱物や鉛ガラス等を粉砕し、粒子の粗さ別で等級に分けたものです。当ラボでは5番から白までの10段階を取り扱いしており、今回の展示でもさまざまな色を階調順に展示いたしました。
油絵具やアクリル絵具で用いられる色材のピグメントにはない質感と色相の明暗は、日本画ならではのパレットを有しています。
同展 アトリウム ギャラリー
マテリアルズ 日本画材の博物館での岩絵具展示(部分)
墨や硯といった書画用品の意匠性も東洋の美術ならではの要素です。
画材をただの道具としてだけでなく、その形や装飾に美を見出すのは、日本美術をはじめとする東洋美術の魅力のひとつです。
同展 アトリウム ギャラリー
マテリアルズ 日本画材の博物館での日本画材や道具の展示(部分)
日本画で用いられる絵筆も、時代と共に独特の変容を遂げています。
基本的に羊毛と呼ばれるヤギの毛を用いたものが多く、これらはアクリル絵具でフラットな画面を作るための筆としても用いられています。
その他には馬毛や山馬、イタチ、近年ではナイロンなど用途に応じた毛などが組み合わされています。丸い筆を何本も連結させた連筆、毛足の短い刷り込み用の刷毛など、色や形もさまざまです。
同展 アトリウム ギャラリー
マテリアルズ 日本画材の博物館での絵筆や刷毛の展示
「これらの素材や道具を使用している絵画は日本画である」と定義づけるのは逸言でしょう。しかし同時に、これらを日本画と分けて語ることもできない上に、こうした道具は一朝一夕で成立したものではありません。
日本画とは明治以前の文化を継承しながら、フェノロサの提示した議論を元に横山大観らが築き上げた歴史の痕跡です。
美術評論家の北澤憲昭は『「日本画」の転移』において、ポストモダニズムの限界を突破するための多元的な芸術の研究の一環として日本画が注目されているとした上で、20世紀後半に取り巻く日本画の現状を「他生」という言葉を用いて批評しています。
杉山寧の《慈悲光》を起点に多様な日本美術のあり方が展開されていくこの展覧会の構成は、まさにその「他生」の移り変わりを見ているかのようです。
また今回「シン・ニホンガ」ではなく「シン・ジャパニーズ・ペインティング」という名を冠されていることも、無視できません。
本展では日本画の作品だけでなく、岸田劉生や高橋由一などの洋画、つまり油彩作家の作品群も展示されています。「ジャパニーズ・ペインティング」という言葉を用いることで、「ニホンガ」という定義では扱いきれない作品同士を紡ぐことができます。
日本画と洋画、そして現代美術という横断的なメディアによるこの美の振り子運動は、現代における日本の美術のあり方を語りかけているのです。
(記載のない写真撮影:大矢享)
参考文献
芥川龍之介 『河童・或阿呆の一生』 (新潮社.1968年)
北沢 憲昭 『「日本画」の転位』 (ブリュッケ.2003年)
展覧会情報
シン・ジャパニーズ・ペインティング
革新の日本画―横山大観、杉山寧から現代の作家まで
会期:2023年7月15日〜12月3日
会場:ポーラ美術館
住所:神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285
電話番号:0460-84-2111
開館時間:9:00〜17:00 ※入館は閉館の30分前まで
休館日:会期中無休
料金:一般 1800円 / 高校・大学生 1300円 / 中学生以下無料
展覧会HP:https://www.polamuseum.or.jp/sp/shinjapanesepainting/