私のお気に入り「岩緋」

私のお気に入り「岩緋」

PIGMENT TOKYOの画材エキスパートにお気に入りの素材についてインタビューする「私のお気に入り」シリーズ、今回はネルソン・ホー・イーヘンに話を聞きました。

マレーシア出身で、多摩美術大学の日本画コースを今年2022年に卒業し、日本でアーティスト活動を続けている彼は、普段どのような画材を使って制作しているのでしょう。



ーそれでは、作品制作のコンセプトを教えてください。

ネルソン・ホー・イーヘン(以下、ネルソン・ホー):身体や、精神的な出来事をモチーフに作品制作をしています。

特に社会と自分の関係性、病気、ジェンダー、死生観などのテーマに興味を持っています。

私の生まれた国では、こうした表現が受け入れられにくいため、日本に来たことで、その呪縛から解放された気がしています。



《これからもよろしく》ネルソン・ホー・イーヘン,2021年

43 x 23 cm

美濃紙、岩絵具、墨



ー卒業制作で描かれたこちらの作品も、全体から輪廻転生のようなイメージが想起させられますね。

ネルソン・ホー:はい。マレーシアに住んでいた頃、生前葬をしたんです。その時の出来事は自分にとってとても大切な体験で、その場面もこの作品で描いています。


《真昼に訪れる悪魔の回顧録》ネルソン・ホー・イーヘン、2022年

244 x 576 cm

吉祥麻紙、岩絵具、アクリリックインク、封筒、赤ペン



ー生前葬ですか。マレーシアでは一般的なことなのでしょうか。

ネルソン・ホー:いえ、一般的ではありません。

しかもこの生前葬を誕生日にやろうと思っていたので、家族は「これから悪いことが起きるのではないか」と心配していました、笑。

でも、私としてはどうしてもやりたかったんです。



ーそれはどうして?

ネルソン・ホー:マレーシアに住んでいた頃、少し生きているのが辛かったんです。

ただでさえタブーな生前葬を生まれた日にするにあたって、私は家族と沢山話をしました。

そして最終的に、父母達は私の意志を尊重して、式にも参加してくれました。

これを通して、私はとても家族に愛されていること、そしてその家族のために生きてみようと思えるようになりました。

そういう意味で、この葬儀は私の人生の機転となる、大切な出来事でした。



ーこの作品はそうした場面を描いているのですね。

ネルソン・ホー:はい。真ん中の麻紙を支持体にした三連画は、左から私自身の生誕、死、そして死後を表しています。

そして、両脇の作品は封筒を支持体に描画したものを、パネルに貼り付けています。



ーなぜ封筒を使っているのですか。

ネルソン・ホー:理由は大きく分けてふたつあります。

ひとつ目は、過去の自分に手紙を送りたいと思っているからです。過去の自分に言葉を送ること何て出来ませんが、人生で悩んでいた頃の自分に「ネルソン、大丈夫だよ。」と言ってあげたいんです。

ふたつ目の理由は、手紙というものそのものに興味があるからです。

封筒は言葉の運び手であると同時に、手元に届いたら封を開けて中を覗き見ることができますよね。

私の心の中で封をしたメッセージを、作品を通して覗きみてもらえたらなと思ってるんです。


《毎日、君に手紙をかいてあげる》ネルソン・ホー・イーヘン、2020年ー現在

12 x 23.5 cm(一部)

封筒、ペン



ーそうしたセンシティブなテーマを、この赤の線がより際立たせていますね。

ネルソン・ホー:大きい作品は新岩絵具と膠を、封筒の作品はアクリル樹脂のインクを使っています。

特に新岩絵具の岩緋がすごく好きで気に入っています。今回の作品では9の番手を使いました。




《真昼に訪れる悪魔の回顧録》(部分)ネルソン・ホー・イーヘン、2022年

244 x 576 cm

吉祥麻紙、岩絵具、アクリリックインク、封筒、赤ペン



ーそもそもなぜ日本画に興味を持ったのでしょうか。

ネルソン・ホー:高校時代から色々な絵具を試していたのですが、当時は日本画というジャンルすら知りませんでした。

日本の美術大学に留学すると決めて、何を専攻しようかなと悩んだ末に「折角日本で勉強するのだから、その国ならではの技法をやってみたいな」と思って、日本画を専攻しました。


ー実際に4年間、日本画を勉強してみてどうでしたか?

ネルソン・ホー:砕かれた鉱物という、原始的な要素を持つ素材を使って絵を描くという事に、強く惹かれました。

遥か昔の人々は鉱物や土を砕き、壁画を描くことでコミュニケーションをしていました。そうしたメッセージの伝達方法に非常に関心があり、私も岩絵具と膠を通して人と人との繋がりを作っていきたいなと思いました。

また、私はマレーシアの海が近いところに住んでいたので、砂というものが非常に身近な存在なんです。

なので顔料の粒子径が大きく、砂絵的な要素も持つ日本画は非常に魅力的でした。



ーなるほど。日本画は表現したいテーマにぴったりの素材だったのですね。

ネルソン・ホー:はい、特に新岩絵具は適度に粒子感がありながらも、強い色彩を放つので気に入ってます。

大学に通い始めた頃、都内の画材店や大学の購買部など、色々回ってはみたのですが、良い色が見つからなくて。初めてPIGMENTに来た時は「こんなに沢山の色があるのか」と嬉しくなりました。スペースが広く、色が見比べやすいのがいいですよね。


新岩絵具の岩緋を手に、作品解説をしてもらいました。



ー絵筆はどんなものを使っていますか?

ネルソン・ホー:主な描画は黒軸イタチ長峰面相を、細かいところは特製白玉八景を使っています。

膠は粘度が強く、岩絵具も適度に粒子感のあるものを使っているので、それに負けないような太さのある筆が好きです。





《Red Noise》ネルソン・ホー・イーヘン、2021年

70 x 200 cm、

キャンバス、ジェッソ、アクリル



ー今後試してみたい画材などはありますか?

ネルソン・ホー:テンペラ絵具など、膠以外の水系メディウムに興味があります。




昔ながらのメディウムを使って、現代社会に関わる問題を扱ったら面白いのではないかと思ってます。それ以外にも、メノウ棒を使って箔を磨いてみたいですね。

私のエスニシティー(民族性)と響き合うような素材を、これらも探していけたらと思ってます。




・プロフィール

ネルソン・ホー・イーヘン




1998年 マレーシア・ペナン生まれ


個展

2021年 「毎日、君に手紙をかいてあげる」haydEn Tokyo、東京

2020年 「見ぬが花 not seeing is a flower」PULPLISM、東京


グループ展

2022年 「令和3年度東京五美術大学連合卒業・修了制作展」国立新美術館、東京

「Young Blood Vol.II」The Holy Art Gallery、ロンドン

「2021年度多摩美術大学卒業・修了制作展」多摩美術大学、東京

「ミニアート展」GALLERY 2511、東京

2021年 「第6回日本画院と山梨の日本画展」山梨県立美術館、山梨

「colors in sight」Gallery 201、東京

「The Divine Feminine」haydEn Tokyo、東京

2020年 「命展」長亭GALLERY、東京

2019年 「いただきます」Mintakaギャラリー、東京

2018年 「万華鏡」Mintakaギャラリー、東京

2016年 「藝桩眷恋」韓江体育館、マレーシア


他グループ展、企画展、プロジェクトなど多数。


受賞歴

2022年 「2021年度多摩美術大学卒業・修了制作展」優秀作品、東京

2021年 「第17回世界絵画大賞展」・協賛社賞、東京

「第80回記念日本画院展」・入選、東京

International Modern Art Exhibition 2021・奨励賞、東京

「公募 -日本の絵画2020- 」・入選、東京

2020年 長亭GALLERY企画展・入選、東京

2016年 「傳承·愛:第三回全国中学生イラストレーションコンクール」大賞、Zoom Creative創意窩、マレーシア


ホームページ:https://nelsonhor.com/

Instagram:https://www.instagram.com/nelson_hor/

大矢 享

PIGMENT TOKYO 画材エキスパート

大矢 享

1989年東京生まれ。 日本大学大学院芸術学研究科造形芸術専攻博士前期課程修了。 PIGMENTにて画材エキスパートとして携わりながら、平面作品を中心にアーティスト活動中。

1989年東京生まれ。 日本大学大学院芸術学研究科造形芸術専攻博士前期課程修了。 PIGMENTにて画材エキスパートとして携わりながら、平面作品を中心にアーティスト活動中。