気軽に作る絵画用下地

気軽に作る絵画用下地

西洋を出発点とした絵画における基底材や地塗りの処方は、時代によって変化を遂げております。

例えば、かつてヨーロッパにおける絵画の中心的な基底材は板材でしたが、ヴェネチア派が登場する15世紀後期を境に木枠に麻布を張ったキャンバスが台頭しました。


下地として使われる体質顔料も、イタリア産の石膏、スペイン産の白亜が主役となっておりましたが、現在では中国の江西省景徳鎮付近、高嶺(Kaoling)に由来するカオリンという体質顔料も使用されるようになりました。


更に19世紀の画家たちは、新たな表現を探るためにキャンバスへ多様な工夫を施しました。

モネなどを代表とする印象派は、あえて下地処理をしていない生の麻布を使うことで、油絵具特有の”生きたストローク”を画布に残しました。

また、フランスの画家ジャン・フォートリエは「人質」シリーズにおいて、キャンバスに紙を貼り付けることで、肉感的な厚みのある絵肌を表現しております。


既存の画材をカスタムすることで新たな表現を作り出すというのも、絵を描く楽しみのひとつ。

とはいえ何通りもある素材を何通りも試して、自分にあった基底材を見つけるのは、少々骨の折れる作業です。

そこで今回は、当ラボの画材から気軽に作れる絵画用下地をご紹介します。


当記事ではケント紙が張り込まれたイラストレーションボードに、平筆にて4層ほど塗り重ねた上から、試し描きを行っております。



①ホルベイン ジェッソ S


気軽に扱える地塗り剤のひとつ、ホルベインのジェッソ。



こちらはアクリルポリマーエマルションをバインダーに、チタニムホワイト(PW6)と炭酸カルシウム/炭酸マグネシウム(PW18)などが練り込まれた商品です。

今回は粒子径が小さい「S」のものを使用しましたが、それ以外に中程度の大きさの「M」やザラザラとした「L」、粒子感のある「LL」もございます。


ホルベインのジェッソの特筆点は何よりも塗りやすいこと。平塗りに適した適度な粘度を保っているので、筆跡が残りにくい商品です。

ただ、アクリルエマルションを使用している都合上、筆を強く画面に擦りつけてしまうと気泡が発生してしまうため、慎重に塗り重ねる必要があります。




【使用画材】

基底材:ケント紙

色材(左から):水性サインペン、透明水彩絵具、アクリル絵具


こちらが塗りサンプルです。

吸水性は弱く、ツルツルとした仕上がりになります。


サインペンは非常に描き心地がよく、アクリル絵具も滑らかなストロークで描くことができ、発色も非常に良いです。色の滲みなどもなく、ドローイングにも適した下地剤と言えるでしょう。

ただ、透明水彩絵具など支持体への食いつきの良さを要するメディウムについては、筆が滑ってしまい、上手く描画することができませんでした。



②ホルベイン ジェッソ S+モデリングペースト


前述の通り「ホルベイン ジェッソ」シリーズへ絵具の吸い込みの良さを持たせるために、ジェッソにモデリングペーストを混ぜてみました。



モデリングペーストとは、ジェルメディウムをバインダーに炭酸カルシウムが混ぜられたアルクリル絵具用のメディウムです。主にアクリル絵具と混ぜて、盛り上げ表現をする際に用いられます。

単体では非常に硬く、筆や刷毛で塗るのが難しいのですが、ジェッソと混ぜることで適度な塗装面の平滑さと、絵具の食いつきの良さを得ることが可能です。




【使用画材】

基底材:ケント紙

色材(左から):水性サインペン、透明水彩絵具、アクリル絵具


今回は体積比でジェッソ3に対して1の割合でモデリングペーストを混ぜてみました。

塗り見本を見ると分かりますが、若干ジェッソ単体と比べてトーンが少し暗くなります。


また、単体で塗った場合と比べて若干の筆跡が残ってしまっていることが分かります。

発色についても、サインペンの場合はジェッソのみと比べて少し落ち着いた印象になりました。

アクリル絵具はもちろん、水彩絵具もしっかり地塗りに食いついています。


モデリングペーストの量を多くすればより吸水・吸油量は高まりますが、隠蔽力が下がり画面の柔軟性もなくなってくるため、その場合はパネルなどの弛みにくい基底材に塗布すると良いでしょう。



③トゥルージェッソ(兎膠ジェッソ)


最後にご紹介するのは、こちらの商品です。



近年ではジェッソというと①で挙げたアクリルエマルションをバインダーとする地塗り剤を指す機会が増えましたが、本来は兎膠を用いた下地用塗料を「ジェッソ」と言っておりました。

こちらは、その本格的な下地用ジェッソをソチーレ石膏と兎膠を用いて再現したものです。


膠液を作ったりソチーレ石膏をふるいにかけたりと、いくつかのプロセスが必要な兎膠のジェッソづくりですが、ボトルから出してすぐ塗れるようになっているのが魅力的です。



【使用画材】

基底材:ケント紙

色材(左から):水性サインペン、透明水彩絵具、アクリル絵具



硬練りの状態でボトルに入っているため、支持体に応じて20〜30%程度水で薄めて使用してください。

また、一度に厚く塗りすぎてしまうと、ひび割れの原因となります。

アクリルエマルションのジェッソと比べると少々塗布するだけでも手間のかかる画材ですが、丁寧に仕上げるとまるでベルベットのようなサラサラとした下地を作り出すことができます。


試し描きも見てみましょう。

ツルツルとした①と比べると顕著なのですが、サインペンの発色はかなり落ち着いた色になっていることがわかるかと思います。

アクリル絵具はもちろん、透明水彩絵具も下地にしっかりと絵具が食いついており、マットな仕上がりとなっています。


また、②はアクリルエマルションとジェルメディウムをバインダーとしているため、やや冷たい印象をえる下地となりますが、こちらのトゥルージェッソは兎膠による温かみのあるトーンをお楽しみいただけます。



当記事ではサンプル用としてイラストレーションボードに地塗りを塗布しましたが、PIGMENTのオンラインショップでも取り扱いのある「天竺木綿」をパネルに張り込むことで、よりカスタム製の高い絵画下地を作り出すことが可能です。

生地屋さんで麻布を購入したのち、膠引きを行ってこれらを塗布することも可能です。



既製品だけでもこれだけのバリエーションを作り出せる絵画用下地。

「自分の作品に合った地塗りはどんなものか?」ということを、原点に帰って考え直してみるのも良いかもしれません。

大矢 享

PIGMENT TOKYO 画材エキスパート

大矢 享

1989年東京生まれ。 日本大学大学院芸術学研究科造形芸術専攻博士前期課程修了。 PIGMENTにて画材エキスパートとして携わりながら、平面作品を中心にアーティスト活動中。

1989年東京生まれ。 日本大学大学院芸術学研究科造形芸術専攻博士前期課程修了。 PIGMENTにて画材エキスパートとして携わりながら、平面作品を中心にアーティスト活動中。