水墨画や日本画(膠彩画)など、東洋美術において欠かすことができない固形墨。
その魅力といえば、磨った墨ならではの「滲み」と「かすれ」にあるのではないでしょうか。こうした表現を支えているのが、油や松などを燃やすことで生じる黒い煤(すす)です。
チューブ入り絵具で使用される顔料と比べると、煤は非常に粒子が細かいため、その特性が独特な濃淡を生み出す手助けをしています。
日本で暮らす皆様の中には、習字の授業で墨が服に跳ねて取れなくなってしまったという経験をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、それも色材の粒子の細かさが関係しています。
もちろん、これ以外にも固形墨にはあまり知られていない魅力が沢山あるのですが、「固形墨の味わい深いモノトーンの魅力は煤が作り出している」ということは、とても大切なポイントです。
一般的に固形墨は硯で磨ることで着彩が可能になりますが、こうした煤による表現をもっと気軽に楽しむことができる画材が、こちらの「絵墨」シリーズです。
多くの固形墨は煤を膠で練り合わせているので、水に濡らした筆で墨を撫でても綺麗な発色を得ることはできません。
しかしこの「絵墨」シリーズは、顔料とアラビアゴムを練り合わせた水彩絵具に煤が配合されているため、濡れた筆で触れるとすぐに溶けて使用することができます。
この商品を作ったのは、PIGMENT TOKYOとご縁の深い、株式会社墨運堂です。
創業1805年の墨屋が培ってきた墨づくりの技術をもとに、色相・明度・彩度・表現性にこだわり、素材を手練りしただけでは再現できない色味を持っているとのこと。
それでは実際に色味を見てみましょう。今回は竹和紙の水彩画用と水墨画用の2種類の紙に塗ってみました。まず最初はスタンダードの「絵墨」です。
【使用画材】
色材:絵墨
基底材:竹和紙 水彩画用
【使用画材】
色材:絵墨
基底材:竹和紙 水墨画用
古いフィルムを思わせるようなモノトーンの表情が、非常に美しいです。下のレイヤーを覆い隠す力の強い顔料を使用していないため、水で薄めると透明感のある色を作り出せます。
紙の繊維に煤の繊維が染み込んでいくため、顔料のみで練った水彩絵具よりも綺麗なグラデージョンが作れるのが特徴です。
まさにこの水彩絵具ならではの表現と言えるでしょう。
また、同じ竹を主材とする和紙でも基底材を変えるだけで、それぞれ違った滲み具合を得ることができます。
ストロークを適度に生かしたい場合は水彩用を、にじみを強く生かしたい場合は水墨画用をご使用ください。
筆者個人としては、青系の色がお気に入りです。同じく墨運堂の商品で、煤に藍色を混ぜた「蒼心」という固形墨があるのですが、色はそれよりは青味が強い色味を有しています。
固形墨には青系の色味を有した青墨と、茶色の色をした茶墨と呼ばれる墨があるのですが、右端の茶系はその茶墨を思わせるような色味になっています。
次に「絵墨 明」を見てみましょう。
【使用画材】
色材:絵墨 明
基底材:竹和紙 水彩画用
【使用画材】
色材:絵墨 明
基底材:竹和紙 水墨画用
前者と比べたときに煤の含有量が少なく、顔料の方が多く含まれているため、鮮やかな発色をします。
モノトーンで描くドローイングのような作品の場合は通常の「絵墨」、顔彩のように着彩を行う場合は「絵墨 明」など、表現によって使い分けても良いでしょう。
一番右の赤系の色は、私たちが目にする朱色よりも少し茶色がかっているのが特徴です。
ちなみ「絵墨」のカラーパレットが渋い色で統一されているため、「少しビビットな色があってもいいのでは」という話が開発中にあり、この色が採用されたという話もあったとか。
また、この水彩絵具は水分量を調整することで生まれた色の層を作り出すことも可能です。
作例をみてみましょう。
こちらは当ラボの画材エキスパート、三毛あんりによる作例。
【使用画材】
色材:絵墨
基底材:竹和紙 水彩画用
ぶどうの一房を拡大してみると、このようなグラデーションが生まれています。
円形状の周辺部分をご覧いただくと、紙と着彩した部分の境目に黒い色が溜まっていることがわかります。
この部分には「垂込(たらしこみ)」という、基底材に多めの水を含ませながら描画していく技法を使っています。
このように同じ色材でも少し使い方を変えるだけで、顔料と煤の分離を意図的に発生させるという表現も可能なのです。
商品写真だけではただの真っ黒な水彩パレットに見えますが、実際に使ってみるとこのように豊かな色彩表現を行うことができます。
天王洲アイルにある店舗にご来店いただくと、試し描きが可能です。
当ラボにお越しの際は、お気軽にスタッフまでお声掛けください。