ハルモニア開発者が語る、グラニュレーションカラーの秘密

ハルモニア開発者が語る、グラニュレーションカラーの秘密

水をたっぷり含ませた筆でさっと撫でるだけで、ランダム性のある魅力的な色調が生まれる透明水彩絵具、ハルモニア。誰でも簡単に粒子感のあるマチエールを作れることから、ファインアートだけにとどまらずイラストやデザインなど、幅広い用途で使うことができます。
そして今回、人気のハルモニア 12色セットに加えて、新たな色が仲間入りしました。


ハルモニア(透明水彩絵具)プラス ¥9,570 税込

 


一般的に国内大手メーカーのチューブ絵具は一定の期間、状態が安定していることを前提としています。そのため、複数の顔料を使用する場合でも分離が起きにくいような組み合わせになっています。
そのような中、なぜ分離という現象に焦点が当てられて商品開発が行われたのでしょうか。
この度、埼玉県朝霞市に本社を構える株式会社クサカベでハルモニアの開発担当をされている岩崎友敬氏に、開発にまつわるお話をお伺いしました。
「調和」を表すハーモニーから名付けられた、ハルモニア透明水彩絵具の秘密に迫ります。


ーハルモニアはどのような経緯で開発されたのでしょうか。
岩崎友敬氏(以下、岩崎/敬称略):少し前に、海外でこのような分離色の絵具を作ったメーカーがありました。
とはいえ日本の場合、10年〜15年前でしたらクレームの対象でした。そのため日本のメーカーではあまり乗り気にはならなかったのですが、1シリーズやってみようと思い作ってみました。
最初に発売した12色は、ご覧いただいた通り結構渋めな色が多いのですが、これは、ファインアートをされる方をイメージしたからです。ですので、馴染みやすい、というか派手派手しくなく、背景(描画)などで使っていただけたら良いな、と思っていました。
例えば、何気ない日常の空の雰囲気だったり、壁の質感だったり、そのようなニュアンスが表現できる絵具が開発できれば、というのが始まりでした。



株式会社クサカベでハルモニアの開発担当をされている岩崎友敬氏


ー実際には、想定していなかった方々からもご好評だったそうですね。
岩崎:普段、イラストを描かれている方たちに使っていただけたのは、良い意味で誤算でした、笑。
元々、クサカベの主力商品は専門家用の油絵具ですので、イラストを描かれる方とはあまりご縁がありませんでしたが、「初めてクサカベの商品を使った」いうお客様もいらっしゃり、嬉しかったです。


ーイラストを描かれる方からはどのような反響がありましたか。
岩崎:初めのセットをご購入されたお客様から、もっと明るい色が欲しいなど、様々なお声をいただきました。
これを2022年の春ごろに発売を開始したのですが、その同じ年に増色することが決まりました。


ーすごいですね。
岩崎:はい。そこで、次のセットは明るめにしようとなり。初の試みとして、Twitterでどんな色が欲しいか、聞いてみました。
鮮やかな赤や黄色系、中間色が欲しいなど、色々なご意見をいただきまして、それらを反映したラインナップになっています。


ーそれぞれのチューブに使われている色は、顔料から先に選ばれたのですか、それとも色のイメージが先にあったのですか。
岩崎:「この雰囲気を作りたい」というイメージを、まず最初に作りました。そうしないと、終わりがなくなってしまうんです。ただ、もちろん偶然できるわけではないので、しっかりと計算もしながら色の選定をしました。
この絵具はグラニュレーションとステイニングという、二つの絵具の性質が交わることによって、分離色ができています。ただ赤系や黄色の顔料で、そのような性質を持っているものは非常に少ないので、開発はとても大変でした。


ーグラニュレーションとステイニングとは?
岩崎:グラニュレーションの「グラニュ」は、英語のgranulateの「グラニュ」です。砂糖みたいに、つぶつぶとした質感を意味します。
ステイングは布が紅茶などで染まってしまった時のような、あの現状のことです。



工場にて作った絵具の色チェックをしている様子。前のロットとズレがないよう、人の目で判断するとのこと



ー難しい状況の中で、どのようにして顔料の選定を行ったのですか。
岩崎:色々と調べていたら、偶然今回のコンセプトにぴったりの黄色系顔料と出会ったんです。この色と出会わなければ、考えは広がらなかったと思います。
残念ながら赤系はパキッとする強い絵具にならなかったのですが、海外で人気があるポッターズピングが仕入れられることが分かり、この顔料は必ず入れたい、と。
ただ、この色は特に大変でした。ポッターズピンクはとても淡いピンクなので、黄色と混ぜると茶色になってしまうし、赤色と混ぜたら、この淡さが消えてしまうんです。この顔料の持ち味の活かし方が、本当に難しかったです。


ー専門家用透明水彩絵具で使われている顔料もありますか。
岩崎:同じ顔料を使っているものも、今回のためだけに探したものもあります。
ですが、絵具を作る工程や機械は一緒です。いくらローラーにかけても分離するような色の組み合わせで調整をしています。色によっては、うまく色同士が混ざり合わないこともあるのですが、それも意図的に行っています。


ー絵具を分離させず、しっかり練り合わせる方法を知っているメーカーならではの知見ですね。
岩崎:顔料はそれぞれの比重の違いが最も影響するのですが、それ以外にも濡れ性や、水への馴染み方も関係します。また、それぞれの加減が異なるので、それをわざとやることで分離させています。
ハルモニアではメディウムにガムアラビックを使っているのですが、この素材は非常に分散性が悪いです。だから綺麗に分離します。
例えば、アクリルエマルションは分散性がいいので混ざりやすく、ハルモニアのような絵具にはなりにくいんです。



工場でハルモニアが練られている様子。この色はウィッチボルドー

 

 


ーこの12色セット、それぞれ作るのに何色くらいの色を試されましたか。
岩崎:全部で100色以上のパターンを作りました。世界中を探しても、絵画用途で使われたことがないような顔料も入ってます。
ピグメントブラック23(PBk23)というものなのですが、ブラックというよりグレーの顔料なんです。それにインダンスレンブルー(PB60)を混ぜました。
個人的には夜空をイメージして作りました。

 


色のチェックを終えた絵具はこのようにチューブへ充填されていきます

 



ー組み合わせる顔料っていうのは、2種類が多いのでしょうか。
岩崎:基本2種類が多いのですが、3種類、4種類もいくつかあります。黄色とオレンジの中間色は、4種類ほど混ぜています。


ーハルモニアを使う上で、おすすめの基底材はありますか。
岩崎:紙であれば特に想定はしてないです。紙の質によっても変わりますしどの程度サイズ感かによっても変わってきます。分離感が強い、弱いも使う方の好みや表現者次第で決まるのではないかと思っています。
ただ、分離感を分かりやすくするのなら、恐らくパルプ(繊維)が多く入っている紙や、少し硬めな、サイズが効いてるような紙でしょうか。


ー今後、ハルモニアで「こういう色を作りたい」という展望はありますか。
岩崎:赤が広がっていくような色はラインナップされているのですが、逆に赤が寄り集まってくるような、グラニュレーションの色ができなかったんです。
さまざまな制約があり、良い顔料と出会えませんでしたが、もしいい顔料と出会えたらいいですね。

 

 


思いもよらないユーザ層との出会いによって、人気商品となったハルモニア。SNSのアンケートで色を決めるという、かつての絵具メーカーにはなかったような施策も組み込まれており、そうしたストーリーもこの商品の魅力のひとつなのでしょう。
国内メーカーによる確かな知見と技術で作られた透明水彩絵具ハルモニアを、ぜひ試してみてください。

Profile

大矢 享

Art Materials Expert at PIGMENT TOKYO

AKIRA OYA

Born in 1989 in Tokyo. Master of Fine Art and Design at Nihon University College of Art. While working at PIGMENT TOKYO as an Art Materials Expert, he also continues his career as a visual artist.

Born in 1989 in Tokyo. Master of Fine Art and Design at Nihon University College of Art. While working at PIGMENT TOKYO as an Art Materials Expert, he also continues his career as a visual artist.