筆と刷毛の洗い方

筆と刷毛の洗い方

平安時代の僧、空海は『性霊集(しょうりょうしゅう)』にて、「名工は彫刻刀を上手に使い、能書家は品質の良い筆を使う。」と述べております。

たとえ品の良い筆を買ってもメンテナンスが行き届いてなくてはその能力を発揮することができません。



ときにみなさま、綺麗に洗ったはずの羊毛やコリンスキーの筆先がこのように割れてしまったり、豚毛の筆や刷毛の汚れがしっかり落ちておらず、穂先が固まってしまったなんて経験はないでしょうか。





筆は画家の命。一本一本大切に使い、毎回気持ちよく使いたいですよね。そこで今回はPIGMENTがおすすめする筆のお手入れ方法についてご紹介します。


まず、油絵具を使用した場合は界面活性剤入りの筆用洗浄液をご用意いただくとベスト。

また、水系絵具でかつ獣毛筆を使用した場合は、子犬用のシャンプーをお使いいただくと、綺麗に洗うことができます。


もちろん手洗い用の石鹸や頭髪用のシャンプー、食器用洗剤などで代用も可能ではあります。しかし、筆への馴染みが悪かったり、泡立ちすぎて上手く洗えない、穂の滑らかさが失われてしまうなど、毛にダメージやトラブルが発生する可能性もありますのでご注意ください。


筆ごとに洗浄液を用意するのは大変という方には、こちらの透明水彩やアクリル絵具をはじめとする水系絵具から油系絵具まで、さまざまな用途にご使用いただけるものがおすすめです。



    こちらの記事でご紹介した商品以外にも「後片づけ用筆洗液 」として、さまざまなメーカーから商品が出ておりますので、お気に入りのものを見つけてください。



    それでは、早速順を追って見ていきましょう。


    ①あらかじめ大きな汚れを落とす

    油系メディウムの場合はペトロールなどの揮発油でしっかり汚れを落とします。

    洗浄でペトロールを使用した場合はウエスでしっかりぬぐい、溶剤が筆に残らないようにしてください。

    水系メディウムの場合は水でしっかり汚れを落とします。



    ②クリーナーで汚れを落とす

    適量を絵皿やボウルなどに入れて、優しく汚れを落とします。

    筆一本ごとに洗浄液を入れ替える必要はありませんが、汚れの落ちが悪くなったなと感じたらすぐに新しいものに入れ替えましょう。




    ③水で洗い流す

    流水で根本までしっかりと汚れをとってください。

    この時点でまだ毛に絵具が残っている場合は、②のプロセスに戻ってもう一度クリーナーで洗い直します。


    アクリル絵具や油絵具を使った筆は、一度固まってしまうとストッパーやリムーバーなどと呼ばれる特殊な溶剤を使わない限り洗い直すことができません。筆が痛みやすくなりますので、このプロセスでしっかり洗浄を行いましょう。


    また、一般的に洗剤は温度が高いほど洗浄力が高くなります。温水が使用できる環境であれば、人肌くらいの温水をご使用ください。(温度が60度以上になると洗浄能力は落ちてしまいます。)




    ④乾燥させる

    しっかり雑巾で水気を切り、乾かしたら終わりです!……と言いたいところなのですが、実はこのプロセスが一番大切。


    筆を乾燥させるとき、このように筆を瓶などで立てたり、ウエスの上に置いてしまうと、根本に水分が残り、本体のひび割れの原因になってしまいます。




    そのため、乾燥させる際には毛の部分を下に向けて乾燥させましょう。

    羊毛刷毛の場合は持ち手の部分に紐が通しておりますので、そこにS字フックを引っ掛けます。




    持ち手が丸い筆類や紐がついてない絵筆は、フックの付いた洗濯バサミで持ち手部分を挟み、乾燥させましょう。

    当ラボではワークショップなどで一回に洗う筆の数が非常に多いため、控室に壁面用の洗濯フックを設置し、そこに筆と刷毛を引っ掛けて乾燥させております。




    工業用には刷毛保存箱、化粧品用にはメイクブラシホルダー、書筆用には筆架というものががございますが、日用品で代用することも可能です。

    例えば雑貨店で売っている小型のメタルラックを使用すれば、幅はもちろん高さもカスタムが可能なので、既製品より取り回しが楽な場合もあるかもしれません。



    絵筆は消耗品でもあります。

    道具を常にベストな状態にしておくことで、劣化を防ぐことはもちろんのこと、その替え時を見極めるヒントにもなるでしょう。


    日本の有名な随筆『徒然草』の185段には「安達泰盛という天才的な馬乗りが、馬の走りを見ただけで、その良し悪しを見極めた。その道を極めた人でなかったら、ここまで用心深くはならなかっただろう。」という一文があります。


    私たちも道具を丁寧にメンテナンスし使い続けることで、良質な筆とそのコンディションを見分ける審美眼を極めたいものです。




    参考資料

    遠藤昌弘「遠藤昌弘著作選 文房四宝1 筆(1)」http://yurinsha.net/emchosaku/bunnbousihou1.html(2021年3月26日閲覧)

    吉田兼好「徒然草」吾妻利秋 訳 https://tsurezuregusa.com/185dan/(2021年3月26日閲覧)

    大矢 享

    PIGMENT TOKYO 画材エキスパート

    大矢 享

    1989年東京生まれ。 日本大学大学院芸術学研究科造形芸術専攻博士前期課程修了。 PIGMENTにて画材エキスパートとして携わりながら、平面作品を中心にアーティスト活動中。

    1989年東京生まれ。 日本大学大学院芸術学研究科造形芸術専攻博士前期課程修了。 PIGMENTにて画材エキスパートとして携わりながら、平面作品を中心にアーティスト活動中。