絵筆に用途に合わせた太さや大きさ、毛の種類があるように、箔を貼る道具にもその表現や使い方に合わせたものがあります。
西洋と日本では異なる芸術表現が育まれ、箔を使う表現もそれぞれの文化や歴史、地理、風土的な背景に伴い変化し、道具も進化してきました。
今回は、不思議な形をした綺麗な石がついている、PIGMENTに来られた方からもよく質問を受ける画材のひとつ「メノウ棒」をご紹介します。
メノウ棒は、その名の通り瑪瑙(メノウ)石が付いた画材です。
西洋の古典宗教絵画などで、黄金背景とも言われるピカピカに磨かれた金の作品や額装をご覧になったことはありませんか。まさに、その金を磨くための道具として使われてきました。
日本の古い屏風絵や掛け軸などの平面絵画作品では、主に和紙や絹本の基底材に岩絵具と箔を施します。磨く行為は基本的にしないため、メノウ棒は使われません。
一方、中世ヨーロッパの絵画作品などでは、石膏の基底材にテンペラ画と金箔を施していました。メノウなどの表面が滑らかな石を用いて、絵画の平面部分は金箔を磨くことで強い光を表現しました。
こちらは当ラボのワークショップ講座を担当している山里が制作した、黄金背景のテンペラ画です。
【使用画材】
基底材:板、麻布、ソチーレ石膏
下地材:アシェット レッド
色材:テンペラペースト
メディウム:卵黄
箔:イタリア純金箔 23.75K
上の作品のように、光沢のある金の表現を求める場合は、基底材は石膏地が適しています。また、箔の剥落部分から表出する下地材のアシェットの色が、作品に深みのある色味を持たせています。
PIGMENTでは、イタリアのフィレンツェにある老舗画材店ZECCHI(ゼッキ)のメノウ棒を全種取り揃えております。
メノウ棒は上述のように絵画などの平面において金箔を磨くという用途もありますが、主に金箔を施した立体造形物で使われます。
絵画作品以外の主な用途としては、額縁や教会の祭壇などのレリーフがあります。イタリアの教会の豪華絢爛な装飾や、古典西洋絵画では作品の一部にもなっている重厚なレリーフの額縁を、目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
Benvenuto di Giovanni《Madonna and Child》1470,The Metropolitan Museum of Art
メノウ棒には、大きく分けて三種類の形があります。
◾️曲線型(商品 No.1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 11, 13, 14, 19, 20, 21)
「く」の字状に曲がったものや丸みを帯びたものなど、大きさや形も多様。No.9と11は、先端が球状に丸みを帯びています。
主に額縁やレリーフなどの曲面や立体に使います。造形物の形状に合わせてサイズや形をお選びください。
◾️平型(商品 No.12, 16, 17, 18)
平面に使用します。平面に貼った箔を磨く際にも、こちらのタイプを使用します。
No.16は、その中でも先端が平で薄め。No.16・17・18の先端は緩やかな曲線を帯びています。No.18は最も大きく、重量感もあります。
◾️尖形型(商品 No.10,15)
他のものより尖っているので、細部の施工に最適です。
No.10は小さめで細く、No.15はやや大きめです。
箔を磨く表現には、厚めの箔が適しています。
西洋絵画における箔表現は、金箔をプレスするように磨くという工程が要されるため、日本の箔のように薄いものはあまり向いていません。
箔を磨く場合は、こちらのようなイタリアの金箔がおすすめです。
ZECCHIの純金箔は、日本の箔に比べて約3倍の厚みがあるといわれています。
サイズは日本の純金箔が約10cm×10cm(3寸6分)に対し、ZECCHIのイタリア純金箔が8cm×8cmとやや小さめです。箔を挟んだ箔合紙が冊子状になっているのも、国産のものと違うところです。
箔を磨く技法では使えませんが、「あかしイタリア純金箔」はすでに一枚ずつワックスペーパーであかしているので、箔の移動がしやすくなっています。
メノウ棒以外にも、日本の箔の道具と少し仕様が異なるものがあります。
◾️イタリアの箔道具
日本は竹刀で切りますが、イタリアはナイフで箔をカットします。刀が違うので台の形状も異なり、イタリアはナイフで切りやすい丘陵状、日本は平型です。
また、箔押刷毛は、箔の移動に使います。使い方は、少量の油分をつけた刷毛に箔をそっと付けて、移動させます。サイズは20mm幅から100mm幅まで7種。制作スタイルに合わせて使いやすいサイズをお選びください。
アクアミッショーネは、アクリル樹脂でできた水性箔下糊です。常温での保管が可能で、細かい模様を貼る際にもおすすめです。
こちらのIGTVで、実際に使っているところをご覧いただけます。
◾️【IGTV】ZECCHI's Restocked Items / イタリア老舗画材店ZECCHIの再入荷人気商品
ご紹介した西洋のような箔を磨き、光沢を生み出す技術は、日本の平押し技法によって貼られた箔には難しい表現です。ただし、金泥や砂子など細かい箔の表現では、摩することでで日本らしい奥ゆかしさのある輝きを生むこともできます。
【使用画材】
基底材:和紙
箔:切廻し
糊材:魚膠、アルギン酸
こちらは砂子を蒔いた後に、メノウ棒で箔を軽く擦り、磨いたものです。
画像中央のやや右下のやや黒っぽく見える箇所は磨いていない部分。それ以外の光沢がある所は磨いています。
この画像では光の当て方でわかりやすく撮影しているため、磨いていない部分は黒く見えていますが、実際にはわずかな輝きの差です。
西洋の箔を磨いた後は金塊のような力強い光沢であるのに対し、砂子は幽玄な輝きです。
ただし、砂子の場合は、乾いてから磨いてください。あまり強い力が加わると支持体の紙面や箔に傷・剥離に繋がりますのでお気をつけください。
なお、箔は種類によりサイズや特性が異なります。ご購入の際は、各商品詳細をご確認ください。
これからは、古典作品や額、建造物の金箔を見た時に、「ここにはきっとこのメノウ棒が合いそうだ」などと今までとは違う楽しみ方もできそうです。
箔とメノウ棒を用いた作品でアーティストとしても活躍する山里に、おすすめのメノウ棒三種を聞いてみました。
メノウ棒 No. 1, 12, 15
まずは、これがあれば曲面、平面、細部を抑えられるとのこと。使ってみたいけど何を選べばいいのか迷っている方は、いかがでしょうか。
また、メノウ棒は使いませんが、こちらのワークショップやオンライン講座では伝統的な日本の箔の道具や技法について、学ぶことができます。
ご興味ある方は、ぜひご参加ください。
◾️ワークショップ
[入門][入門]箔で夜空をつくる
日程:毎月1回/日曜日
時間:14:00ー15:30
場所:PIGMENT TOKYO
ご予約:https://pigment.tokyo/collections/workshop
※都合により曜日が変動することもございます。詳細は、ワークショップのページにて実施スケジュールをご確認ください。
道具を知り、理解することで、東西の文化や歴史的背景の見聞を広め、芸術を愛でる。
芸術を生み出し、職人により受け継がれた道具の数々を現代の表現に生かすことで、新たな表現に継承されるかもしれません。
参考資料
・黄金背景テンペラ画の技法―油絵の母胎、現代の手によみがえるルネッサンスの板絵 (新技法シリーズ) 田口安男(美術出版社,1978年)