毎回ご好評いただいている「岩泉館長が語る4500色の顔料とその特性」も今回が最終回。シリーズの掉尾を飾る今回は私たちにも馴染み深い顔料について語ってもらいます。
この顔料、実は私たちの生活には欠かせない、重要な役割を持っているんです。
さっそく、岩泉館長に聞いてみましょう。
ーVol.1から3までは岩絵具について語っていただきましたね。そして、こちら店頭の奥にディスプレイされている顔料は、岩絵具と比べてどのような特性があるのでしょうか。
新岩絵具は科学的に合成して作られたという話をVol.3でしましたが、こちらの顔料はより科学的に合成された色材になります。
ーなるほど。岩などを砕いて作っているわけではないのですね。
はい。金属に対して別のものを反応させることで酸化をさせたり、染料を科学変化させることで作り出されます。そのため、顔料は岩絵具よりも粒子が細かく、彩度が高いです。
この顔料、実は私たちの身の回りにある様々なものに使用されているんですよ。チューブ絵具はもちろん、各種プラスチックや、携帯電話の本体、車の塗装など。その用途は無限大です。
ーでは、顔料は全て科学技術が発達してから作られたものなのでしょうか。
そんなこともないんですよ。油絵具でいうところのバーミリオン……つまり朱は古代から使われている無機顔料です。加えて鉛を使用した鉛丹、鉛白も日本絵画で使用されていました。また、時代が進むにつれ、若冲や北斎などが台頭していた頃にはベロ藍などが使われていました。これらは海外から輸入された顔料になります。
ーそうだったんですか。
なので伝統的な絵画だから天然の岩絵具を、産業革命以降の絵画だから顔料を使用……という訳ではないんです。ベロ藍に至っては、別名「北斎ブルー」として紹介されることがありますが、これはベルリンから輸入されたことからその名が付けられました。つまり、古くから日本絵画は岩絵具や顔料を併用して描かれていたんです。ちなみに、現代ではプルシャンブルーと呼ばれるこの顔料は日本絵画とも相性がよく、使っている作家さんも多いんですよ。
ープルシャンブルーに膠とは、油絵を描いている身としては思ってもなかった組み合わせですね。
のちに東京美術学校の設立の立役者のひとりとなるフェノロサが、狩野芳崖へ「西洋の顔料を使って絹本に絵を描いたらどうか」と話したというエピソードもあるように、支持体が絹であっても多彩な表現が可能です。
ーそして最後に、こちらのキラキラとした顔料についてお話をお願いします。
これらはエフェクト顔料と呼ばれるもので、光の影響で発色をしたり効果を及ぼす顔料です。先ほどご紹介した顔料と同じように、一見私たちの生活には馴染みがない顔料のように思う方もいらっしゃるかもしれませんが、この顔料たちは車の塗装やメイクなどにも利用されています。
ーそうなると、これらは比較的新しい顔料なのでしょうか。
いいえ、そうでもないんです。むしろ、日本絵画にとって一番歴史が古く、かつ多様な進化を遂げた顔料と言っても過言ではないんです。
それは何故かと申しますと、実はこれは絵巻物のキラキラとした部分などに使われる、雲母をベースに作られているんです。その雲母の進化系が、このエフェクト顔料になります。
エフェクト顔料を樹脂に練り込んだ場合の色味見本。その他、紙を支持体とした塗り見本もご用意しています。
ーなるほど、エフェクト顔料にそんな歴史があったとは。
はい、岩絵具や顔料という区分だけで、それを伝統的なものか新しいものなのかを分別することはできません。美術史の場合は「西洋/東洋」という視点で作品について語られることも多いですが、材料学的な視点で俯瞰すると、むしろ時代を遡れば遡るほど、使われている素材が似ていたりするんです。
雲母の原石。これを粉砕することで雲母がつくられます。